侘び 寂び 幽玄(日本の美意識)


こんにちは 副住です。

昨日は、私の家族事ですが、急な展開があり、

その対応でバタバタし続けております。

おそらく、今月下旬までかかるかもしれません。

そんな関係で、すっかり昨日の更新を忘れてしまいました。

さて、私は今年スイッチが入っているのですが、一方で

日本の美の特徴である「侘び・寂び・幽玄」について

学びを深めねばならない環境にいます。

私はよく鎌倉に行きますが、その先方(私の美術に関する師匠)

から美術や芸術(文化財)に関するご教示をいただいているので

す。数年間。

因みに、西照寺の文化財鑑賞会は、師匠から想いを受け継いだ鑑

賞会なのです。

西照寺 文化財鑑賞会

ただし、美術や芸術を学ぶといっても、専門的な教えではなく、

むしろ身に沁み込ませるような学びです。

この流れの中に、過日ブログでも綴った「本物とは何か」などが

あります。

本物とは何か

つまり、「本物」についての学び、などもご指導いただいたわけ

です。数年かかりましたが、「本物」の重要性を知れました。

今度は、日本の美の特徴である「侘び・寂び・幽玄」について学

びを深めているところなのです。

日本人として生まれて来たのに、「侘び・寂び・幽玄」というこ

とを私は知りません。残念ながらわからないのです。

これまで、深く知る環境に身をおいていなかったからです。

むしろ、今の日本は「侘び・寂び・幽玄」という美を意識する

場所などがないのですね。

残念ながら、戦後の欧米化の中に、本来の日本的な特徴が置き去

りにされてしまった事実があるからでしょう。

その意味から、私は「侘び・寂び・幽玄」がわからないのです。

今、それらを知ろうとしているのですが、なかなかわからない。

日本人なのに、昔の日本の良さをしらない。これは勿体ないこと

です。今年は、その部分も深めていきます。


早くも前途多難


こんにちは 副住です。

今年はある意味でチャレンジの年でもあります。

さらには、土台をしっかりと作り込み、

土台を固めていく年でもあると考えています。

このように自坊にしっかりと注力していくぞ!と

考えてから一週間ほどで、もう前途多難な状況に

なりつつあります。

昨日更新したように、親子の相違。

さらに、まだわからないのですが、もしかしたら

さらに自坊以外の他の業務が増えるかもしれない・・・

そんな状況が頭をチラホラと過り始めました。

やっぱり、予定など所詮予定にすぎないのです。

思う通りに行かないのです。

その中、どうしていくのか。が重要なんです。

うーん。それにしても、たった一週間で今年の方針というか

私の想いが崩れていきそうになるなんて・・・

でも、今年の目標というか、今年の行うべきことは

変わりません。単に自分がより厳しい環境に身をおくことに

なるというだけです。時間が無くなるというだけの問題です。

 

 


親子の相違 


おはようございます。副住です。

先日、スイッチが入っている私は住職と喧嘩?しました。

これまでもずっとそうなのですが、意見が異なるわけです。

親子なので、喧嘩をしても、翌日には元通りになっているの

ですが。

喧嘩?というか、言い合いの原因は、今後の西照寺のあり方

について。

私が提案する意見に対し、悉くつっかかってくるのです。

本当に頭にくるのですが、実はこれが親子ってことなのだと

思います。どこか、息子に任せたくない。自分がやってきたプラ

イドがある。内部的な話では、もう住職は譲っているから!とか

言っておきながら、私が方針を主張すると、「でも」と反論。

住職譲ってるんだったら、住職の話を聞け!そして協力しろ!!

と内心思いながらも、父親の気持ちも理解できるので、住職は

まだ交代しなくてよい!とも思っています。

しかし、言い争いをするので、テンションは下がりますね。

入っていたスイッチをどこにもっていこう?とも思ってしまいま

す。そんな事を思いながらも、入ったスイッチですからOFFにで

きず。住職に反対されるので、実現するかもわからない提案を

未だ書面に落とし込んでいる自分が虚しい状況です。(笑)

それにしても、お寺だけでなく、世襲制の会社であっても

親子の意見はバチバチとぶつかることもあるのだろうなと

思います。

昔から言われているように、やはり雄が二人いてはダメなのです

ね。上手くバランスをとって進めていかないと・・・

 


帰省


こんにちは 副住です。

昨夜、妻子が山口県の実家より帰ってきました。

妻の実家には、義父が一人で暮らしている為、

年末年始に帰省させているのです。(夏休みも)

義父に、埼玉にきたら?と誘っているのですが、

はやり住み慣れた我が家がいいそうです。

きっと、義父もこっちに気を使うのでしょう。

それも理解できますから、出来る限りのサポートと

思ってのことです。

そんな事も手伝って、年始は西照寺のスタッフが足りず

諸々大変なことも多かったのです。

私も久々に一人の時間が多かったわけなので、業務がはかどり

ました。何より、気楽な生活を過ごせました。

昨夜から通常の生活に戻ったので、気軽さがなくなってしまった

わけです。

もうちょっとだけ、気軽な日々を過ごしても良かったけどなぁ(笑)

 

 

 

 


こもりたい


おはようございます。副住です。

三が日も今日で終わり。

私は三が日を過ぎると、お正月気分は

無くなります。

もっとも、元旦を終えると、もう気分も落ち着いてし

まうのですが。

私は、今日も自坊に居ります。自坊に居られる時間を大切にして

元旦から資料作りを行っておりました。

元旦と昨日で、一つ目の資料が完成。

今日は、別の仕事を進めていきます。

自坊に居られると、作業が進展しますね。

今年は、土台を固めていく年ですので、上半期はこのような作業

が非常に大事となります。すべき事が明確になった以上、

ドンドン前進できる部分は前進していきたいです。

心的エネルギーは衰えていません。

衰えているのは、新陳代謝と笑いのセンスです。

(いや、笑いのセンスはもともともってないか)

今でこそ、全体を見渡し、組織が動くよう取り計らう

役目についてますが、実は私の得意分野は書斎にこもって

コツコツと積み重ねていく作業かもしれないのです。

もっとも、のめり込む気持ちがあることが前提ですが。

私はもともと、アウトドア派でした。

それが大学で勉強に一念発起した結果、インドア派に

変わってしまいました。それ以来、部屋にこもることが

好きになってしまったのです。人間変わるものです。

ということで、私は今、気持ち的にのめり込みたいのです。

あとは、書斎や自坊にこもって作業に没頭したい。

(ここで言う、「こもる」とは、3~4か月間くらいのスパンで、一日10時間ほど、その作業だけに没頭したいという意味です)

そんなことを思ってしまう三が日を過ごしています。

でも、築地への出勤もあるし、今年からJCも始まるし

こもっていられないのです。社会人って大変ですね。

学生の頃は、好き勝手できたので、自室にこもっていても

誰からも何も言われなかったのに。

(こもって勉強してるんですよ)

今、こもってしまったら色々迷惑かけてしまいます。

だから、こもることができない。これがストレスになるの。

やりたいことが、他の影響ではかどらない。これがストレス。

まぁ、没頭するっていうことは、そういうことなのでしょう。

今年は出だしから気持ち的なスイッチ入った!!

 

 

 


お正月


こんにちは 副住です。

新年を迎え2日目です。早いですね。

お寺のお正月は、お参りに来られる方が多いので

自坊に待機することが多いのです。

今年は、今日からご法事が勤まるので、住職は出かけました。

自宅でのご法事です。

私は所用の為、都内に。あとはお寺で寺務を勤めます。

(お線香をつけたり、ご挨拶に来て下さるご門徒さんがおられる

ので、ご挨拶させていただきます)

年末年始、内部の人員が少なく、また色々な業務が入っており、

身動きが取れないのが実情です。

正直、昨年(寝込んでたと思います)もそうですが、今年もお正

月気分だけはあるものの忙しないし、ゆっくりできないので、

普段と変わらない生活です。何だか、近年忙しくなってます。

お正月に、ゆっくりTVでも見る事できたのは、学生の頃だけだっ

たですね。それまでは、比較的ゆっくりできてた記憶があるので

す。でも、お正月はやっぱり特別な気持ちになりますね。

 

 

 

 


明けましておめでとうございます。


新年明けましておめでとう御座います。

2019年も、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

今年の西照寺は、昨年の土台をしっかりと築き

あげる作業に邁進すると思います。

しっかりとした基礎の土台が完成したら、きっと

来年、東京オリンピックの年。つまり2020年に、

かなりしっかりとした活動が展開できるお寺になるはず

です。そうする為に、今年は重要となります。

すでに綴ったように、その為の具体的な行動は明らかとなってい

ます。後は、資料集め。もっとも、その資料の内容によっては

致命的となる可能性さえありますが。

しかし、たぶん、そうならないと思っています。

今年は、私の勝負の年となります。

すでに、これまでの活動で疲れているのだけど、そうは言ってら

れないのです。それほど重要な年。

頑張るだけ頑張って、それでダメなら諦めよう!!!

今年は猪突猛進です。いのしし


2018年を振り返る 西照寺変革の年


こんにちは 副住です。

2018年の大晦日となりました。

今年もお世話になりました。ありがとうございました。

さて、今年の西照寺を振り返りますと、例年になく

大きな変革を迎えた年となりました。

本当に色々とありました。

代表的なことを綴ってみたいと思います。

2018年の春頃、住職が手術を行いました。

初めての大きな手術でした。

家族は心配しましたが、今になってみれば

経過は順調そのもので、術前と大して変化が

ないような位です。

ただし、家族は気を使ってしまい、今年から

私が可能な限りお寺の法務を勤めることとなりました。

そのような意味で、世代交代が進みました。1つ目の変革です。

今は内部的な意味で中心は私になっています。

因みに、住職は以前と変わらず元気に過ごしています。

私が大変な時に手伝うようなポディションとなりました。

次に、住職の体調が復調してから、夏に別院の改修工事にかかり

ました。新東松山斎場の改修工事です。

完成したのが、12月(今月)上旬です。

とても綺麗になりました。

この写真は、今月上旬に駐車場舗装をした時撮影したものです。

今はもう少し変わっているのですが、写真を撮ってないので、

今度機会があれば載せます。

因みに、舗装は普段から大変お世話になっていて、信頼できる

金子設備さんにお願いしました。

値段だけで考える(安さを重視する)と、時にどこか疎かにされ

るなど、何かあった時が大変です。そういう意味で、信頼できる

人にお願いすることを重視したのです。

金子設備さんの次期社長!?になるのか??はJCの先輩。

さらにもう一人、内川商会の次期社長もJCの先輩。

この二人と私は仲良くさせてもらってます。

因みに、内川商会の先輩は私をJCに勧誘に来た人です。

この人が勧誘に来なければ、私はJCに入っていません。

そもそも、最初は断ろうと思っていたのですが、この先輩の笑顔

が魅力的だったので、つい、入会する羽目になったわけです。

全く、忙しい私に、業務を増やす勧誘に来た張本人なわけです。

JCに入ったおかげで、二人と知り合えたので、良かったですが。

そんな訳で、金子設備さんにお願いしたのです。

因みに、内川商会さんにもお願いしたいのですが、

業務的な絡みがないので、お願いするものがないのです(笑)

さてさて、上記別院の改装が2つ目の変革でした。

さらに、今月(冬)に入ってから西照寺の今後について、

具体的に模索していく作業に入りました。

私はここ数年間、経営論や組織論を学んできました。

しかし、どこか知識だけとなっていて、具体的に何をしていけば

よいのか、漠然としていて、ハッキリと核心がつかめないでい

たのです。

それが、今月上旬の寺田倉庫さんの現地研修会に参加して、一変

ようやく自分が成すべきことが明確になったのです。

天王洲アイル 寺田倉庫さん

本当に参考になりました。感謝しかないです。

研修会後から、まずは自坊に勤めている人に、聞き取り調査を

行っています。

来年は、ご門徒さん含め、大谷浄苑をご利用いただいている

皆様に、聞き取り調査を行って、西照寺の目指すべき方向性を

具体化していこうと考えています。

そういう意味で、私が成すべきことがハッキリわかった!!!

ということが、3つ目の変革となります。

これら大きな変革が2018年に重なったわけです。

西照寺の今後を左右する大きな変革が3つも重なると、

さすがに私を含めスタッフが追いついていきません。

来年は、この変革に追いついていけるように整える年となります

ということで、2018年は西照寺の変革の土台が培われた年となり

ました。そして2019年は、土台を活かす為の年となります。

今月の研修を受けて以後、私は今、自分が何をすべきかがハッキ

リと理解でき、その為の道順も具体的にイメージできたので、

楽しくて仕方がありません。ただし、自分一人では突き進むこと

ができない境遇でもあるので、少し時間がかかります。

材料(資料)が揃っていれば、猛烈に邁進していけるのですが、

まずは材料集めをしないといけないので、時間が必要なのです。

来年は、色々と聞き取り調査を行って、材料集めを上半期に

行います。それができれば、次々とやらなくてはならないことが

明確になっていきます。

 

 

 


補足情報


おはようございます。副住です。

今年も残すところあと2日ですね。

ついに年末です。

この時期は不摂生というか、食べすぎ

てしまいます。気分も緩んでしまうのでしょうか。

来年少ししたら、体重を絞らないと。

毎回行っているこの言葉。たぶん、無理なんだろうな。

でも頑張ろう。

因みに、昨日の記事の宗派とは、本願寺派のようです。

ある情報筋から仕入れました。

どうも裁判になるようですね。

宗派が裁判おこすのか、僧侶が裁判するのか?

どちらかは知りませんが、おそらく裁判をしそうだと

のことです。

泣き寝入りではなく、きっちりと決めて欲しいです。

仮に、僧衣がダメとなっても、それはそれです。

だけど、私的判断によって違反だ、違反じゃなかった、などと

言われたら、それこそ納得いかなくなるので。

ですから、僧衣が運転に支障がある姿なのか。

着物では運転してはいけないのか。

過去の事故比率や、その状況などを振り返って

決めてほしいと思います。

このような裁判は意味があると思います。

頑張れ!


僧衣の運転


おはようございます。副住です。

少し前から話題になっていたので、気にはしていたのですが

こんな記事が読売新聞さんに掲載されていました。

僧衣の運転

私も当然ながら僧衣で運転します。

でも違反切符をきられることが最近増えているそうです。

この記事にもある通り、明確な基準はないということなので

どうしたら良いのでしょうか。なぜ最近になって、取り締まる

ことが増えてきたのでしょうか?

私は当事者なので、そこを知りたいです。

今後、僧衣で運転できなくなるのであれば、

着替えなどを常に携帯しておかなければならないのでしょう。

面倒だけど、ルールであれば、従っていくしかないのですね。

しかし、基準が明確ではないのであれば、切符きらないでほしい

と思います。おそらく、警察官の私的判断と言う理由なのでしょ

う。(運転に支障がある格好(袂や袖など)が違反とのことです)

権力を、私的判断に任せた結果、強制的な原点や罰金となるので

すから、そこは、若干違うのかな。と。

私的判断だと、個人差が生じるのだから、そうであるならば、

異議申し立てができる部署を設けるなど、工夫をして欲しいもの

です。

 

 


埼玉・東松山/浄土真宗・西照寺のブログです