わかりやすい仏教(3.我)


おはようございます。副住です。

「思い通りにしたい」という欲求に対し、

そうならない現実にであった時、苦しみがやってきます。

では、そもそもなぜ私たちは「思い通りにしたい」と

思うのでしょう?

あるいは、「思い通りにしたい」と思う心の奥底には

まだ何かあるのでしょうか?

普段の生活で、上記のようなことを考えている人は

少ないでしょう。

そこに疑問さえ持ちえないことがほとんどかもしれませんね。

でもお釈迦様は、そこまで見つめたのです。

そして「思い通りにしたい」と思う心の奥底には、自己中心性が

あるといわれたわけです。

つまり、「思い通りにしたい」と思うのは自分ですね。

だから「自分の思い通りにしたい」ということです。

ここに「思い通りにしたい」と思う心の根本に、自己中心性が

あるというのです。

この自己中心性を「我」(ガ)と呼びます。

私たち人間(おそらく他の動物だって)は、皆「我」をもってい

ると思います。
(私は他人のことはわからないので、推察して言ってます)

ですから、「自分の思い通り」にならない時に、苦しみを感じる

のは「自分」となるわけです。

もっと極端に言えば、苦しみは「自分」が作り出しているとも
言えるわけです。

(つまり、自分が「思い通りにしたい」という欲求を作るから、

そうならない場合に苦しみが起こる。だから、自分で苦しみの

原因を作っている)


わかりやすい仏教(2.我欲)


こんにちは 副住です。

Uさん、Kちゃん、昨日はありがとうございました。

最近、ブログがつまらない!と言わないように。(笑)

さてさて、さらにつまらなくしてあげましょう。

昨日の続き。

仏教には、苦しみの根本を解決する目的があるのです。

苦しみの根本って何???

つまり、苦しみはどうして起こるのか?ということです。

これを探さないといけません。

苦しみはどうして起こるのか?が明らかになると、

苦しみの根本がみえてくるのです。

さて、では質問です。

私たちはどのような時に苦しみを感じるのでしょうか?

答え

自分の思い通りにならない時です。

自分の思い通りにならない時に、苦しみを感じるのです。

そう考えると、苦しみの根本には「思い通りにしたい」

という欲があることがわかりますね。

私の欲なので、専門用語で「我欲(ガヨク)」といいます。

この欲こそが、苦しみを生み出す原因ともなるのです。

お釈迦様は、そのことを見出したのです。


わかりやすい仏教(1.仏教の目的)


おはようございます。副住です。

早速ですが、今日から仏教について

私なりにかみ砕いて「分かりやすく」を意識して

綴っていこうと思います。

できるだけ、専門用語を用いずに。

さて、「仏教って、何を説いているのだろう?」

分かりやすい本などには、

「仏教は苦しみの解決を目的とした教え」

と書かれていたりする場合もあるかもしれません。

間違ってないし、分かりやすいと言えば、分かりやすいです。

しかし、何かが足りないのです。だから誤解も生じやすそうです。

だから補足してみましょう。

私たちの人生の中では、色々な苦しみが起こります。

人によって、苦しみは違うし、苦しみのレベルだって違います。

「今の苦しい状況をどうにかしたい!」と思うことは当然ですね。

そこで、「仏教は苦しみの解決を目的とした教え」と聞けば、

仏教を頼りたい!!!と思うのは当然かもしれません。

でも、仏教の本や解説書を読んでも、難しいし、

なんだか的が外れているような気もしてしまう。

そりゃそうです。

だって、仏教は「苦しみの解決を目的とした教え」という

よりも「苦しみの根本の解決を目的とした教え」という方が

しっくりくるから。

私たちの普段の生活で感じる「苦しみ」と「苦しみの根本」は

違います。「苦しみの根本」の方が、哲学的というか、深いのです。

仏教は、「苦しみの根本の解決」を目的とした教えなので、

私たちが普段の生活で感じる「苦しみの解決」とは、少し次元が

違うのです。

明日は、「苦しみの根本」について触れてみましょう。


かみ砕いて


こんにちは 副住です。

今月から少し、仏教について

なるべく分かりやすく綴っていこうと

思います。

連載とか関係なしに、思ったことを

綴っていこうと思います。

また、浄土真宗とはどのような

教えか、など私なりにかみ砕いて

このブログで綴っていこうと思います。

仏教を学ぶお坊さんってどんなのだろう?

何が違うのだろう?なども

判るかも知れませんね。


日本代表 ありがとう


おはようございます。副住です。

昨晩は23時頃に就寝。1時半に起きてしまい

そのままWカップ 日本対ベルギー戦を観戦。

結局眠らずじまい。

う~ん。寝不足で頭が冴えません。

しかし、凄い試合でした。

私もちょっとだけ、期待したから

3時からの試合を見てしまったのですが、

期待すると負けてしまう。

ダメだ。やっぱり、期待しないでみないと

いけません。

それにしても、後半立ち上がりに2得点。

これはいけるかも!と思い、ベルギー相手だった

こともあり、3点目が重要!!!

と追加点の大事さを考えていました。

たられば論ですが、あの2点目が後半20分過ぎで

あったとしたら・・・な~んて考えてしまいます。

しかし、後半2得点をし、いけるかも!と期待させて

くれた日本代表に感謝です。

ドキドキする時間をもらえました。

ぜひ、この成長をさらに前進させてほしいものです。

海外リーグでプレーする若手選手を増やして欲しいです。


梅雨明け


おはようございます。副住です。

今日から7月です。

梅雨も明けてしまったということで、

大変暑い日々が続くのでしょう。

明日の朝3時からWcupの日本戦です。

起きれるかわかりませんが、見たいとは

思っています。

今月のブログは仏教について、少し

分かりやすく綴っていけたらと思います。

そろそろ連載を始めないと・・・


2018 西照寺子ども祭り


おはようございます。副住です。

2018年7月22日 10時から15時まで

「2018 西照寺こども祭り」を開催致します。

昨年同様、今年も駐車場問題が発生してしまい、

昨年同様の対策となりそうです。

梅雨明けがとても早く、当日の酷暑が心配ですが、

子ども達は水鉄砲などで盛り上がるのでしょう。

毎年そんなことになってるし。

子どもにお寺で思い出を作ってもらいたい。

身近に感じてもらいたい。

と思って始めたイベントです。

そこに、開始時に私がちょっとした仏教の話を

して、お寺の特徴をだしています。

どなたでも、参加自由です。

どうぞ、お越しください。


日本対ポーランド戦の批判 試合放棄に監督の深い自己犠牲を感じます


おはようございます。副住です。

月曜日から、連日、築地本願寺への

出勤と、ある日は西照寺の法務と

さすがに余裕がもてる日がありませんでした。

ようやく、昨晩22時頃に帰宅し、今日は築地

に出勤しなくてよい日となっています。
(違う予定があるので、今から外出しますが)

さて、昨晩、ラッキーなことに、帰宅して間もなく

ワールドカップ、日本代表対ポーランド代表の試合を

見ることができました。

もっとも、ロシアワールドカップは日本では深夜の

時間帯ですから、仕事で見れない!ということは

ありません。でも、もし昨日の試合が21時から

だったとしたら、私は見れなかったのです。

私は今回のワールドカップは期待してなかったし

予選突破など、予想もしてませんでした。

でも、そういう時になぜか活躍する。

昨夜の試合は、少し期待してみました。

でも期待すると、負けてしまう。

昨晩もそうなってしまいました。

終盤、コロンビアがセネガルにリードしている

ことから、日本は試合を放棄してしまいました。

私は、点をとりにいかないとダメだろ!と内心思いながら

他会場の結果に委ねる日本の姿勢に不満を持ちました。

やはり日本は挑戦者なのだから、ここで点が取れないよう

なら、先はないだろう!と思っているのです。

しかし、監督は違ったようです。

正直言えば、私はこのような姿勢は私の価値観には

ないので嫌気がさしました。

しかし一方で、ありと言えばありなのです。

考えようだと思います。

もっとも私は違う価値観なので、スッキリしてません。

あの西野監督(埼玉の浦和出身らしいです)の決断は

ある意味、日本サッカーの成長を目撃した瞬間でもあったように

感じています。

時には世界から批判されようが、前に進むためには監督自身が

犠牲にならないといけない時があると思います。

本田選手が言っていたようですが、日本は犠牲になれる

精神をもつ、世界でも稀有な民族だって。

おそらく、西野監督の決断は、日本のサッカーを一歩前に

進めるための犠牲を覚悟したものだったと思います。

そもそも試合を放棄するような態度は、監督自身が望んで

ないはずなのです。

でも、この状況の中で、その先(決勝トーナメント)

に進めるかもしれない!という可能性を最大限

高めるには、今、目の前にある試合を犠牲にすること

となったのでしょう。

試合を放棄すれば、皆がブーイングするし、批判される。

そんなことしたくない。しかし、批判を全部背負っても尚、

日本サッカーが一歩前に進める可能性があるならば!

日本サッカーの成長を願う監督ならではの、決断だったと

思います。見事に、結果が伴ってきたのですから、

ありと言えばありなのです。

おそらく、監督はベスト8まで見据えていると思います。

だから、選手を大幅に入れ替えたのです。

次の試合に向けて、数人を休ませられた。

それはつまり、ベスト8まで見据えられたことを意味

していると思います。

ベスト8まで進めなかったとしても、ベスト8まで見据えて

行動したことに意味があるのです。だから、もう既に意味が

あるのです。ポーランド戦で多くの選手を入れ替えて

試合に臨んだのは、ベスト8まで見据えた行動だったわけです。

その行動の果てに、決勝トーナメントまで進めたのですから

日本のサッカーは、これまでより一段上のステージに進んだ!

と私は思います。

そう考えると、監督の自己犠牲の精神は、日本人らしい

精神なのかもしれません。そこに大きな感動があります。

まさに仏教です。自分以外の何かの為に、自己を犠牲に

できる。素晴らしい精神です。西野監督は、全ての批判

を覚悟の上で、日本サッカーを前に進めてくれました。

ありがとうございます。

最後に補足です。

仏教の説く、自分を省みず、他の為に行う行為=自己犠牲は

本当に難しい行為です。なかなかできません。

私も僧侶ですが、本当に難しいことだと実感してます。

では、なぜ仏教で、他の為に行為を行うことが大切!と説くのか?

それは、自分を忘れる!ということを教える為だと思います。

本来、一番大切に思えてしまう自分を忘れて、他の為に行為をする。

それが大きな喜びに繋がる。そのことを教えてくれているのです。

私たちは本来、自分を一番に考え、行動してしまいます。

しかし、それは大きな喜びとはなり得ない。本当の大きな喜びは

自分を忘れたところにあるのかもしれません。


サッカー日本代表がW杯で勝つためには


こんにちは 副住です。

昨夜というのか、今日なのですが、

日本対セネガル戦を見てしまいました。

最近、寝不足(W杯ではありません)なのに、

昨夜も・・・

W杯前は、3連敗だろうと思っていましたし

昨日のセネガル戦前でも、敗戦濃厚と思ってました。

でも、もしかしたら!があるかもしれないとTVを

見るのです。

コロンビア戦後のブログにも書きましたが、

W杯直前に戦績による監督交代とか、あり得ない混乱が

あり、全体的に期待ができませんでした。

新しい監督は、これまでチームに関わって来ていたとはいえ、

監督になって、十分な期間や自由も与えられず。。。

だからこそ、ダメだろう!と思っていたのです。

それなのに、期待してない時に限って勝利してしまう。

果たして、4年間の継続強化って何?と思わされます。

今、感じていることは、代表選手のスタメンのレベル。

スタメン選手の多くが、欧州の強豪リーグの中堅クラス

のチームで、レギュラー争いをしながら活躍している選手。

昔は、ここまで多くはありませんでした。

やはり、欧州の強豪国のリーグでレギュラーとして

プレーすることが大事なのだろうと思わされました。

一流リーグでは、いろんな国から選手が集まっているし、

そこでレギュラーとしてプレーすることで、色んな

人種の選手と対戦できるし、経験値があがるのでしょう。

残念ながら、日本のリーグ(Jリーグ)だと、どうしても

経験が積めないし、やはり一流のレベルにはないのです。

W杯で戦う代表チームは、そもそも一流国のリーグで

ガツガツやっている選手でないと、戦えないのですね。

私は今回の件で、それが判りました。

代表選手の大半が、一流リーグで活躍している経験値が

あることが前提で、始めてW杯で勝利が見えてくるのです。

その前提があっての、代表強化となるのでしょうね。

そう考えると、今の代表選手は実績ありますが、次世代

で欧州の強豪リーグのチームでスタメンで活躍している

選手が少ない点が、気がかりです。

4年後のW杯では、その世代が活躍する時代ですから。

そういった意味で考えると、本当の代表強化は、

欧州の強豪リーグに若い世代の選手を送り、

各チームでスタメンとして活躍する選手を育てる

ことにありそうです。

W杯での日本の躍進は、その土台があってからの話

となりそうです。

次世代で欧州リーグでスタメンで活躍している選手が

いるのか気になってきました。調べてみよう。

4年後も楽しみたいですしね。


お坊さんでも、慣れることはないです。


こんばんは 副住です。

昨夜と今日で、法務を行いました。

とても悲しい思いの中、同時に遺族の

あたたかさも同居した場であったと思います。

私も僧侶として幾度も別れの場に立ち会って

いますが、慣れませんね。

どうしても悲しいものは悲しい。

例え、亡き方を存じ上げなくても、ご遺族が

悲しんでいる姿を見ると、こちらもやるせなく

なるものです。今日もそんな一日でした。

しかし無事に今日の全ての仏事を終え、

ご遺族が前を向かれた姿を見て、安堵感を

覚えました。

私も気持ちを切り替えて、今から深夜のWカップ

の準備をしようと思います。

明日も、築地なので、遅いと寝不足になります。

なので、今から夕食をとって、仮眠ができればと

思います。

でも、ちょっと気持ちが高ぶっている(法務の件で)

ので、寝れないかもしれません。


埼玉・東松山/浄土真宗・西照寺のブログです