カテゴリー別アーカイブ: 日記

大雪に警戒


おはようございます。副住です。

ようやく、昨日で築地での大きな行事が終わりました。

以前の予定では、ここで一区切りだったはずなのですが、

やはり、そうはいかないものなのですね。

週明けの火曜日から会議が連日入ってしまいました。

結局、築地に出勤するのは、来週の金曜日まで毎日と

なりました。なんだか、お坊さんなのに、サラリーマンみたい。

そんな状況なのですが、今日は大雪予報ということで、

西照寺の法話会を中止と致しました。

雪かきをしなければいけない状況となったら、それこそ大変。

できれば、雪降らないで欲しいです。積もらないで欲しい。

幼少期は雪が積もるのを、とても楽しみにしていましたが、

今は恐怖でしかありません。

何故なら、西照寺に入ってくる上り坂(200メートルくらい)に

雪が積もると、私道だから除雪車は来てくれません。

雪が積もった坂は、翌日凍ってしまいます。

そうなると、もう車がスリップして上ることができません。

なので、雪かきしないといけないわけです。

しかも、翌朝を迎える前に雪かきをしないと、凍ってしまったら

もう雪かきできなくなるのです。

だから、雪は積もらないで欲しいのです。

近年、本当に驚く位の雪が降る年がありますからね。

普段は雪なんて積もらないし、雪に関する感覚は、東京と同じよ

うな感覚です。もちろん、東京と気温は1~2度くらい違います

が。

 

 


会議が多し


おはようございます。副住です。

昨夜はJCの理事会を終え、直ちに帰宅。

理事会では、何も言いませんでした。

少し、周りの理事がキレある質問や意見を言い始めてきた

印象です。

私が言おうか、と考えていた点も、指摘してくれていたので

取りあえず、何も言いませんでした。

次の理事会も続くのか、今回だけなのか、様子見段階ですが、

もし、昨夜のような視点で、皆が理事会に望めば、少しレベル

アップするのだろうな。と思ってます。

さてさて、40歳を過ぎたJCの卒業生にとっては、ある意味

申し訳ないのですが、JCに構っている暇はないのです。

そんなことよりも、自分の仕事。

もう疲れ果てている現状ですが、10日まで。

というか、実はその後も予定が入り込んでしまいました。

いずれも、築地の会議で、私が参加しないわけにはいかない

ものなのです。何部門も違う会議を抱えており、願わくば1日に

重ねてくれればいいのですが、参加者は皆、どこかのお寺の住職

方なので、都合がバラバラなのです。だから連日会議となって

しまうのです。12日から15日まで、会議が続くこととなり、

築地に通います。

今日も明日も築地なので、もう流石に行きたくない。

しかし、仕事なので、頑張るしかない。

行ってきます!

 


坊さんだって弱音言いたいのです。


おはようございます。副住です。

今日は弱音を綴らせてください。

だって、人間だもの。

坊さんだって弱音言います。

4日の朝から築地に出勤。そのまま宿泊し5日も勤務。

昨夜は22時頃、ようやく帰宅。

この間、会議や打ち合わせ研修会や上職への次年度活動計画書の

説明などぎっちり。集中力が必要な2日間でした。

もうヘトヘトです。疲れすぎ。

だから昨日、ブログは更新できませんでした。

これは、更新忘れでもなく、無理。限界なのです。

まったく、人を何だと思ってるんだ!!!

働かせすぎ。

といっても、予定を組んだの私なんです( ノД`)シクシク…。

先月18日から、ほぼ休みなくここまできて、さすがに

月末の京都出張と、この2日間の業務で、体力と集中力消費で

ヘロヘロとなってしまいました。その証拠に、顔が変なんです。

なんだか、目が開かないというのか、目が垂れ下がってるような

・・・疲れか? それとも太ったのか? 何だか違和感を感じて

ます。  しかし、10日までは踏ん張らないと。

そんな今日は、ちょっと中休み的に日中がフリー。

でも、夜にJCの理事会があるので、議案を確認しないと・・・

正直、もう見たくもないです(疲れてるから)

でも確認しないとですね。そこは頑張る。

議案がちゃんとできていれば、きっと40分もあれば、チェック

できます。

(集中力が保てればだけど。でも今日は集中力でないかも)

しかし、議案が今一だと、1時間を超えるかも。

今夜の理事会では、協議議案が一つなので、今日の私には

ラッキーではあります。

あぁ。明日から、また築地で僧侶寺族研修会です。

また宿泊。そんでもって、研修会の合間に会議会議です。

きっとまた、同じくらい疲弊します。

早く楽になりたい!!!


美意識を鍛える方法 


おはようございます。副住です。

昨日の続きとなりますが、本書の内容には「なるほど!」と、確

かに納得させられました。現代の日本社会では、論理が重要視さ

れがちな社会です。説得力がある論理に対し、直感など、感性は

軽く見做されているように感じるのです。これは以前、ブログで

も書きました。

寝台特急「トワイライトエクスプレス」 合理性への疑問 (理性と感性のバランス)

確認してみると、2015年3月の記事なので、もう約4年も経って

いるのですね。当時、何気なく感じていたことですが、4年後に

『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』を読んでみ

て、改めて振り返ると、間違ってもなかったようだ。と思わされ

ます。

たぶん、4年前に感じた何となくの違和感も、感性から来たもの

だと思います。そう考えると、何気ない感覚って結構大事で、そ

の感覚の基づくところには「美意識」があるのかもしれません。

各人の「美意識」の度合いによって、感覚の良し悪しが決まって

くるのかもしれませんね。きっと「美意識」が高い方であれば、

何気なく感じる感度もセンスが良いものとなるのでしょう。セン

スが良いということは、多くの方に共感を呼ぶことに繋がるはず

です。きっと、ここら辺が大事なのだろうと思います。となる

と、「美意識」を鍛えることは本当に大事なことだと思えてきま

す。普段から「美しいと感じる感覚」を鍛えることで、感受性や

発想そのものも美しくなっていくはずです。高いレベルの「美意

識」を有すことで、美しい創造性が生まれ易く、そこから生まれ

たアイデアが美しければ、多くの人の共感を呼び易いという好循

環に繋がるのです。もちろん、創造性を形に繋げていくことで多

くの方の共感が集まるのかが決まってくるのでしょうけれども。

この創造性こそが、今後の新たな世界を創っていくのだと思いま

す。これからの時代は、この創造性がより求められており、今ま

での日本社会で重要視されてきた論理・効率・利便性などを追及

していく姿勢が通じなくなってくるでしょう。これらはすでに頭

打ちとなっているから(どの会社も、同じようなことを重要視し

ている為、結局画一化してしまっているのです)。この頭打ちと

なってしまっているが故の閉塞感を突破できるものこそが、創造

性。

今後の社会は(というか、現在もすでに)、創造性がカギを握っ

てきます。

では、そもそも論として、どうやったら「美意識」が鍛えられる

のか?ということです。それは昨日のブログに綴ったように、

各々が「美」ということを意識することから始まるのだと思いま

す。「美」を意識して、そして素直な心で「美」(名品)と実際

に向き合い、直接体感する。それが一番の近道です。ただし、現

代は絵画なら別でしょうが、名品は美術館でケースに入れられ厳

重に扱われ、実際に触れてみることなどできません。ガラスケー

ス越しに、大勢の人々の中を割って入り、短時間見て終わりとな

ります。これでは、ダメだと私の「美」の師匠は仰います。もち

ろん、直接触れるというのは、そこに大きな危険が伴いますが、

だからこそ、当然慎重に扱うし、だからこそ作法というものが生

まれてくるのだと教えていただきました。名品に直接触れるに

は、赤子を扱うように慎重に触れることが大事とのことでした。

また、白い手袋などをつけることも、あまり良くないのだそうで

す。なぜなら、手袋をはめると滑ることがあるから。だから、焼

き物などは直接キレイな手で触る。手を良く洗って、タオルで水

分をふき取り、指輪や腕時計などを外して、慎重に集中して触れ

ることを教えてもらいました。私は門外漢ですので、きちんとし

た作法までは知りませんが、心得だけは教えてもらっています。

私はすでに2015年くらいから、門外漢なのですが、ご縁があっ

て「美」について学びを深めています。「美」には人それぞれの

「美」があります。それで良いのだそうです。「美」を意味的に

一つに決めつけない。色々な「美」があって良いのだそうです。

ただし、多くの共感を集める「美」というものもあって、それこ

そが名品なのだろうと思います。そのような名品に多く触れるこ

とで、「美意識」は鍛えられるのです。


「美意識」を鍛える機会  西照寺文化財鑑賞会


おはようございます。副住です。

『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』を勧められ

たので、読んでみました。

内容は、現代の会社などの経営において「アート」「サイエン

ス」「クラフト」(経営学者のヘンリー・ミンツバーグさんの主

張)の上手なバランスが肝要ということです。現代社会では、

「サイエンス」や「クラフト」が強すぎてしまい、各会社の物品

やサービスが画一化され、成長が頭打ちとなります。そのような

時代だからこそ、「アート」(=創造性)こそが、次の発展を導

く鍵となるということです。だからこそ、「アート」を主軸に、

それを保管する意味で、「サイエンス(論理的分析)」と「クラ

フト(実績)」が上手に支えていくという構造が大切である!と

の主張です。

そこで、「アート」を生み出す創造性を豊かにする為、世界のエ

リート達は現在、「美意識」を鍛えているというのです。

まさに、「美意識」を鍛える為には、「美しい物」つまり「本

物」に実際に触れて、体感することが最も早道。私がこれまで師

匠(私の美における師匠)から教えていただいたことによれば、

素直に、心を落ち着かせ、集中して、赤子を扱うように、丁寧

に、そして敬意を以って接する!ということです。そのような姿

勢で、「美しい物」「本物」と対峙することが大事。

そこには、時間など気にしてはいけない。まさに、「美しい物」

と真剣に対話することです。

私は師匠から、そのような場を必要とする人に、その機会を提供

して欲しいと、「美しい物」「本物」を預かりました。それを展

示する機会が西照寺文化財鑑賞会です。

西照寺 文化財鑑賞会

年間2回、春と秋頃に行うことを師匠と約束し、これまで行ってき

ました。「美しい物」「本物」は同じものを何度みても、何度触

れても学びがあるのです。むしろ、「それだけ(美しい物・本物

の一つ)」に毎日触れ続けることが大事だそうです。

しかし、これまでの私も含め、なかなかその崇高な意味(本物に

触れることが貴重な機会であるという意味)を理解できず、単な

る鑑賞みたいな会となってしまっています。(もっとも、師匠は

それでも構わないと仰っておられましたが。(そこで気づく人も

いるから。との理由です))

私は今、本書(『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるの

か?』)を読んでみて、「美品」「本物」に触れることの大きな

意味を、改めて知ることができました。これは大変です。世界を

創造することに繋がるのですから。(仏教の教えとは全く違う意

味で、凄いことです。因みに、凄いとは言っても、世俗の事で

す。)

「美意識」を鍛えたいと思われる方、ぜひ、西照寺文化財鑑賞会

へとお越しください。都内からでも、日帰りできます。

2019春の西照寺文化財鑑賞会は、5月19日・20日(日・月)

です。時間は10時から14時まで。鑑賞会自体は、無料です。

因みに、5月19日は、東武東上線の森林公園駅南口(ロータ

リー)から、送迎バスがでています。

ぜひ、お越しください。お問い合わせは、0493-39-1445まで。

西照寺 (東松山市)

 

この内容の続きはこちら

美意識を鍛える方法


龍谷大学 矯正プロジェクト研究会


こんにちは 副住です。

京都より帰りました。

疲れましたが、実りの多い出張でした。

アダム・ライオンズさんと初めてお会いし、

諸々お話をさせていただきました。

因みに、ライオンズさんは現在、日本に在住している

そうです。昨年までアメリカだったそうです。

ハーバード大学院で現在、博論(博士論文)審査が行われている

最中とのことでした。だから、まだ博士号は取得されていません

論文審査が通れば、博士となります。

研究会の夜、龍大の先生方が懇親会を開催してくださいまして、

参加してきました。懇親会を終え、京都駅までのタクシーの中で

博論の出版がOKと連絡が来たようです。

博論通ってないけど、出版はOKって、面白い順番ですね。

まぁ、逆に言うと、博論も通る・・・ということでしょうね。

出版がOKなんだったら。ご本人は、そんなことないです。

わからないのです。と、仰るでしょうが、第三者的に考えたら

たぶん、通るでしょ。と思います。

因みに、龍谷大学の大宮学舎はこんな感じです。

雰囲気ありますよね。コジンマリしてるけど。

よくドラマや映画撮影などが行われるのですよ。

 

 


アダム・ライオンズさん


おはようございます。副住です。

さて、今日から京都です。

私の母校である龍谷大学で、「教誨」について研究者(大学教授

達)がプロジェクトを組んでおり、その公開研究会があります。

それに私が呼ばれておりまして、行ってくるのです。

私が呼ばれている理由は、プロジェクトを進める教授たち

の中に私の先輩、同期、後輩と顔見知りが多いからです。

「プロジェクトを進める上で、手始めに教誨の現場を知る

教誨師からの話を聞きたいが、初回から大物をお呼びするのも

憚られるし、誰か良い人いないか?」と話題になったようで、

私の名前があがった・・・という経緯です。

私も、メンバー的に同窓会みたいな気軽さだったし、

久々に京都に行けるし、忙しい中だけど、気晴らしにいいか!

と思って、最初にお引き受けしたのが、昨年の夏頃でした。

そこで、プロジェクトの内々の研究会に呼ばれて、2時間ほど

研究会を行なったのです。

私は一回限りだと思ったのですが、話の展開の中で、公開研究会

を来年やりましょう!となってしまったわけです。

その時、「え!?またやんの!?もう話す事ないけど・・・」と

思ったのですが、公開研究会だから、同じ話でも構わないとのこ

とでした。そこで、今回も京都にいくこととなったわけです。

もっとも、今回は私の他、ハーバード大学で博士号を取得された

アダム・ライオンズさん(教誨の専門家)も来られるようで、

私は初対面なのですが、教誨における最先端の専門家ですから

会話するのが楽しみです。

ライオンズさんの論文

ライオンズさんは米国におられる為、

今回は日本に訪問されている貴重な機会の一時をいただけるよう

です。よかった。因みに、ライオンズさんは、私よりも若い方

で、日本語はペラペラのようです。良かった。日本語で。

そんなわけで、ちょっと京都(龍谷大学)に行ってきます。

 


比企青年会議所 伝えたいこと ③


おはようございます。副住です。

昨日は公益社団法人比企青年会議所2019年度の最初の事業が

ありました。反省すべきことが多々あった事業となりました。

私も自分の反省すべき点があり、偉そうに言えない自分がいるこ

ととなりました。すみません。

さてさて、そんな中なのですが、ここまで来たので続きを綴りま

す。今日でこの件に関しては、最後です。

今回は、「もう一歩抜け出す」ということについて綴ります。

会員の中には、青年会議所の入会歴が長いので、経験値が高い方

がおられます。

ですから、おおよそのことは、それなりに出来ている。

正直に言えば、「可もなく不可もなく」という程度でしょうか。

ただし、性格がとても魅力的で、会に良い雰囲気を醸成してく

れ、貴重な存在であることが特殊能力でしょうか。

故に、皆から愛されてしまうのです。それだけである程度評価さ

れてしまうのです。

これは素晴らしいことです。私とは違い、人望の為せる業かもし

れません。

しかしだからこそ、残念な部分もでてきます。

つまり本当に厳しくしてもらない。許されてしまう。

もし、当人が許されてしまう人生に自覚があるのだとしたら、大

したものです。

無自覚に、怒られないように動いているのだとしたら、そこは問

題かも。

もっとも、人から愛されて、それなりに出来るのだから、一歩抜

け出す必要があるのかわかりませんが、敢えて問題を指摘をする

とすれば、そこに「甘え」があると私には映ります。

それなりに出来る為、過信があるのか、気が抜けるのか、時々大

事な部分を踏み外します。

ここが、私には「甘え」に映ってしまうのです。

このままでいいのか、一歩抜け出す必要があるのか、私にはわか

りません。 本人が決めることです。

ただ、もし私から今回の件で伝えておくべきことがあるとすれ

ば、以下のようなことです。

現状から一歩抜け出す為には、「命がけ」という覚悟が必要にな

ります。

私は大学時代に、自分が寺を継ぐべきか悩んで、大嫌いな勉強

(仏教の教え)に臨みました。教えに納得できたらお寺やろう!

できなかったらお寺を飛び出よう!と判断基準を決めて「教え

に納得できるか?」と勉強にチャレンジしたのです。

自分の将来を左右する一大チャレンジです。この時、覚悟を決め

ました。「命がけ」の覚悟を。

当時は、「死ぬ気で勉強!」「勉強して死んでしまえ!」という

捨て身の覚悟だったので、乗り越えることができました。それで

今、お寺を継ぐ人生を歩んでいます。もっとも、勉強くらいじゃ

死にません。

「命がけ」の覚悟で物事にあたると、甘さが消えていきます。大

事な部分で踏み外すことは極力少なくなるはず。私はそう認識

しています。

昔の武士はそうだったはずです。してはいけないことをしてしま

うと、切腹だったのでしょう? 武士は命がけの人生だったので

はないかと思います。武士道というもんね。「命がけ」の生き方

なのかもしれませんね。

一方、現代はミスをしても命を奪われる環境ではありません。誤

れば済む時代です。

ここに「甘さ」がでてしまうのだろうと私は思います。JCはそれ

で済む(本当のJCは、きっとそれではダメ)でしょうが、今後の

会社を背負っていく身となるのであれば、きっと「甘さ」が問わ

れる事態だってあると思う。だからこそ、JCにいる時に、「一歩

抜け出す」という選択を問われたことがあるかどうかは大事だと

思うので、今、このように綴っています。

一歩抜け出すかどうかは自分で決めてください。

最後に、たまたまですが、昨日こんな記事がネットにでてまし

た。タイミング的にも、私が言おうとしていたことと同じ内容

だったので、驚きました。これもご縁ですね。

ご紹介させていただきます。

↓クリックしてください。

「命がけ」に関する記事です。


比企青年会議所 伝えたいこと ②


おはようございます。副住です。

昨日の続きです。

「同じ土俵で勝負しない」ということを綴ります。

青年会議所は、そもそも地域活性化を目標にかかげる団体で

す。だから、会員は自営業の子息などが多いのです。

自営業の方は、地域活性化=自社の繁盛にも繋がりやすいし、

逆に、自社があるのは地域のお陰という思いから、恩返しのつも

りで会員になる方もいるからです。

そんな自営業者が多いと、活動を遂げる上で時間的に融通が利く

ことが当然な雰囲気さえでてきます。

しかし、時間的な融通が利きづらい会員だっているのです。

例えばサラリーマンとか。

JCは会議や例会だけでなく、他団体との繋がりで、関係行事など

にも顔を出す機会があり、JCの中心メンバーは酷いと毎日、何か

しらの行事に出席を求められるのです。

だからこそ、時間的な制約がある人は、自分が出席できないの

で、他の会員にお願いしないといけない事態が起こってきます。

そのような状況が続くので、やがて時間的な制約がある会員は、

そうではない会員に対して「迷惑をかけている」と受け止めて

しまう場合がでてくるのです。

しかし、他の会員に迷惑をかけている!などと、引っ込んでいて

は話になりません。

時間的な制約がある会員は、フリーで動ける会員と同じことはで

きないのです。当たり前のことです。

そんなこと、フリーに動ける会員だって理解してます。サボって

いるわけではないのであれば、フリーに動ける会員は、「迷惑を

かけられてる」などと受取りません。

それなのに、同じ土俵で勝負しようとするから、「迷惑かけて

る」と思えてしまうし、会への関りが 控えめになってくる。

その結果、活動が適当になっていくのです。

真剣にJCのことを考えたならば、自分に出来ること、出来ないこ

とを明確に区別し、自分に出来ることに注力すればいいのです。

JCに強い想いがあれば、その想いで勝負すればいいのです。

JCを想う気持ちがあるのであれば、仲間と意識を共有する中心者

にだってなれるでしょう。

時間の成約がある為、他の行事などに出席が難しくても、仕事の

休憩時間に仲間に電話して、コミュニケーションを深めることく

らいならできるでしょう。

その営みの先に、会の結束がみられるし、素晴らしい議案作りの

ベースにも繋がっていくのです。他にも、色々と出来ることはあ

るはずです。 時間的な制約があることは、ハンデになりません。

時間的な制約があるからこそ、フリーで動ける会員が気づけない

部分に気づけるはずです。

それを、「時間的な制約があるから・・・」などと、さもハンデ

があるかのように受け止め理由にしていくのは弱い者です。強く

なりなさい。逃げない!

私達は、地域活性化を目標に、地域のリーダーになると謳ってい

る団体なのですから。強くなる努力をしてください。

同じ土俵で勝負すれば、負けるんです。勝てる土俵を見つけて、

そこで勝負をしないと!

もっと色々と考えてください。たくさん出来る事は転がってま

す。最初から、考えることを放棄してはいけません。まず最初

に、時間的な制約がある自分に、出来ることを考え、実践してく

ださい。

あー、また長くなった。時間もなくなってきたので、③は明日に

します。明日は、「もう一歩抜け出す」ということについて綴ろ

うと思います。

因みに、今夜が比企青年会議所2019年度の第一回通常総会となり

ます。

 


比企青年会議所 現執行部との話し合い それぞれに伝えたいこと


おはようございます。副住です。

昨夕、比企青年会議所の経験値の高い執行部と

話し合いの場を持ちました。

私は、いまのままであれば、比企JCを潰す覚悟の

つもりで臨みました。

話し合いでは、全員が反省し以後「やる!」と答えたので

私も比企JCを潰す行動を、一旦停止することにしました。

取りあえず、様子見をしていこうと思います。

もちろん、私を怒らせたのですから、あくまでも様子見。

今後の姿勢次第では、振り出しに戻るというよりも、それよりも

悪化することも充分にあり得ます。

全ては、今後の執行部の行動次第です。

さて、昨夕の件があって、現執行部の誰かがこのブログを

チェックしたとすれば、大したもの。

おそらくチェックしないでしょうから、書いても無駄だと

思うのですが、無駄でも良いから、私のケジメとして書くことと

します。

昨夕の話し合いの当事者でなければ、理解できないと思いますが

お許しください。以下3点綴ります。長いよ。

① 失敗(責任)を受け入れるということ。

誰でも失敗したくありません。でも現実には失敗します。

私は失敗だらけです。

そんな時、毎回思うのが、どうして失敗したんだろう?と

私は思います。真剣に自分が失敗に向き合う時、自分の非が

見えてきます。だからこそ、その失敗の責任は自分にもあると

受け止めることができます。その積み重ねが、自分を謙虚に

してくれます。さらに、失敗から沢山の学びを得ることができる

ようになるのです。これは、その失敗に主体的に関わるからこ

そ、そうなるのです。

しかし、失敗(責任)を受け入れることは勇気がいります。

だって、自分が悪かった!と思いたくないもん。

だからこそ、逃げたくなるのです。責任転嫁したくなるのです。

責任転嫁をする人生は、自分の非を認めない人生だからこそ、

頭が高くなりがちです。勘違い。まさに驕慢の人生です。

仏教が嫌う部分です。

人それぞれ人生は違うし、価値観だって違います。

だからこそ人生に正解もないし、誤りもない。

人生に正解か、誤りかを決めることができる人がいるとすれば、

それは自分だけです。

私は、「逃げ続ける人生」を歩みたくないと思っているので、

「辛いけど、正面からぶつかっていく人生」を選んで

います。辛いけど、沢山成長できます。

沢山成長できると、人生に自分なりの思想がでてきます。

これが人生の芯かもしれません。たぶん。

芯がない人生も良いかもしれませんが、芯を持つ人間と

対峙する場合があると、正面から向かい合うことができなくなり

ます。だって、芯がないんだから。

そこで、小手先の技を使って、視線を逸らさせようとするのです

が、芯をもった人間からすれば、浅はかな技なんかに惑わされま

せん。だから、どうしようもなくなるのです。

まず始めに、そのことを知って欲しいと思ってます。

変わるには、その事実を自分が受け入れることからでないと

次はありません。一番最初のやり方は、まず自分を受け入れるこ

とです。

長いな、②と③は明日からとします。

もうご法事の時間だ。

因みに、②は同じ土俵で勝負しない!ということです。

内容は、時間的な束縛は人によって違いがあるから

時間とう土俵で勝負するな!ということを綴ります。

それでは、明日。