寒い・・・


おはようございます。副住です。

今日は雨で寒い日となってます。

でも、一時の厳寒と比べれば、大丈夫。

一時期の寒さは以上なほどでした。

水道管が凍ったし、あの寒さは異常でした。

それと比べれば、真冬の寒さとはいいますが、

我慢できる範囲内。

今日を乗り切れば、もう厳しい寒さはなさそうだし。

さて、昨日は久々に築地に出勤できました。

少し業務が溜まってしまいっているので、

これから自宅でも進めていかないといけません。

もうひと頑張りが大変です。


久しぶりの出勤


おはようございます。副住です。

今日は久しぶりに築地に出勤します。

先月末から、築地に出勤できない状況だった

こともあって、久しぶりの感じがします。

といっても、1週間ぶり程の感じですが。

15時から、1時間程度研修会を行ったら、

そのままお参りにさいたま市まで行ってきます。

それなので、今日は車通勤です。

気を付けて行ってこようと思います。

今日は、こんな内容でブログを閉じたいと思います。


ものの本質 (岡潔)


おはようございます。副住です。

今日は若干寒い朝となってます。

しかし、厳しい寒さではないし、近くに春を感じるので

真冬の寒さとは違いますね。

寒いのが苦手な私ですが、この程度の寒さ、なんてことありません。

先日、TVで岡潔さんの人生再現ドラマ?が放映されていました。

ビデオに録画しておいたのですが、上手くいかず後半からの録画と

なってました(残念)

先日、ビデオを見てみたら、やはり岡さんは、変わった方でした。

しかし同時に、あの位でないと、いけないと思いました。

命の全てを数学に注ぎ込んだ生き様。

素晴らしすぎるけど、大変です。誰でもできない。

私も研究をしていた頃は、全てを学問に注ぎこむような生活を

少しだけしていたことがあるので理解できるのですが、それを

やると猛烈に疲れるのです。学問にどっぷりとつかっている時は

感じません。論文書いている時や、悩んでいる時、そんな時は

神経をすり減らし、お腹が痛くもなりました。

でも、その状況の時は、それしか考えられない。

そうして、論文を書き終え、一息入れてしまうと、再び立ち上がれない

私はそんなタイプでした。きっと、そこまで好きではなかったのでしょう。

しかし、岡さんは違ったようです。数学が好きすぎて、ずっと

そんな暮らしを過ごしていたようですから。これは凄いことです。

さて、そんな岡潔さんは天才数学者。この方がいなかったら、

現在の数学はありません。

そんな素晴らしい功績を残した方です。

岡潔さんの『数学を志す人に』という本があります。

その中で、岡さんは物質主義が間違いであると述べています。

因みに、岡さんは奈良女子大学の名誉教授で、1901年生まれの方です。

つまり、明治34年生まれですから、明治・大正・昭和を生き抜かれた方です。

戦中を生きてこられたので、貧しい日本を生き抜かれた方でもあります。

そんな方が、物質主義が間違いであると言っているのです。

おそらく、よく確認していませんが、このように主張されたのは

戦後になってからなのだろうな!と私は勝手に思っているのですが。

また、こんなことも仰っていました。

「もののよさがわかるということは明治以来だんだんむずかしくなってきている」と。

これらを重ね合わせて考えてはいけないのかもしれませんし、岡さんの主張ではない

可能性もありますが、敢えて考え合わせると、

ものの良さという本質に目を向けないで、表面的な物質に惑わされている私たちの

姿があって、(例えば、お金の良さという本質を理解しないで、お金そのものに惑わされる

私たちがいるということ)そのことが、本来の目的などを見失わせることに繋がる。

そんな理解もできると思います。もっと、ものの本質に目を向けることで、

私たちの生き様や価値観が変わってくるし、そのことそこが人生の充実に大きな

意味を与えるのだと推察します。

こう考えていくと、物質主義(その代表として、お金主義)に変わる得る一つが

「ものの本質」ということも言えそうです。

「夢」「ものの本質」・・・色々とでてきそうです。

しかし「ものの本質」・・・これまた難しすぎますね。

これだと一般的な魅力として遠い存在になってしまいます。

もっと、身近で誰にでも分かり易い「何か」が必要です。

まだまだその「何か」を探していかないといけませんね。


本願寺新報で原稿の勉強 感謝 


こんにちは 副住です。

今日は月曜日、私は午前中自坊で本願寺新報の原稿を

書いております。この号で、やっと最終となります。

一年間のお約束で、昨年の4月から始めている為、

今月の提出で終わりとなります。

この一年、大変でしたが勉強にもなりました。

具体的に記事を作成しないいけない!と考え始めるのは、

おおよそ月末の25日位から。新聞を複数購入したり、雑誌を

見たり、もちろん、ネットのニュースは毎日気にするのが習慣

なので、それプラス紙媒体の情報誌を探します。

私の原稿は、時事ネタを切り口にして、私見を述べるコーナー

だからです。時事ネタを探す必要があります。

私が書きたいと思う私見と、時事ネタがタイミング良く合致すれば

原稿もどんどん書けます。そのような場合は、ネタ探しから原稿執筆まで

3日もあればできます。しかし、そんな月は少なかったのが現実。

おおよそ、一週間ほどネタを探し、これまで書いてきた内容と被らない

ように気にしながら、考えます。

そして、月初めの6日を目安に原稿を最終的に提出できるようにすすめます。

4日位に提出し、確認してもらい、校正が入ります。

ここがとても難しいのです。新聞というものは、なかなか難しいと思わされます。

自分の文章力の無さを痛感させられるひと時となるのです。

修正できる部分を再修正し、ようやく提出。その後、10日頃までに最終確認。

私の担当は、20日出版のものとなるのです。

今日は5日。明日には最終提出できるよう、整えている最中です。

今月で終わりということもあって、私の状況的にも、少し手抜きではありませんが

そんな感じとなってしまいました。

仕方ないですね。でも、この一年、本当に勉強させていただきました。

この年になって、ここまで自分をダメだな!と反省させられることも

少なくなってくるように思いますが、経験してみて素直な自分がいたので

安心しました。開き直ったり、ご指摘を受け入れないようなプライドがなかった

と思います。人生ずっと勉強なんだなと思わされた一年です。

ありがとうございました。



こんにちは 副住です。

今日も暖かな日となっています。

花粉が飛散しているようですね。

私は、今のところ花粉症ではないと思うので、

何ともないのですが。。。ここは、良かった。

しかし、いつ発症するのかわからないし、西照寺近隣は

花粉が多そうなので、心配はあります。

さて、昨日の続きをずっと考えて居たりします。

お金に変わって、私たちの原動力となるもの。

その一つは「夢」だとも言えますね。

「夢」は人によって違うだろうけど、「夢」という概念は共通してる。

でも、「夢」を見れない時代。「夢」を語れない時代。

だからこそ、「夢」は理想論となりやすいですね。う~ん。困った。

しかし、今の時代、昔と異なり多様性があります。

そもそも何か一つの共通した目指せる「何か」を見つけるのは

一苦労ですね。


お金に支配された現代 価値観の革命は


おはようございます。今日は土曜日ですね。

3月に入り、暖かな陽気が続いており、本当に過ごし易い

日々となってきました。寒の戻りがあるそうですが、

もうすぐそこに、春がみえるので、気になりません。

最近、諸々考えさせられたり、変化がある日を過ごしているので

なるべく、乗り遅れないようについていきたいものです。

さて、世界の流れをみると、経済発展を遂げている最中であれば、

その国にある民族問題もうまく乗り越えられていくけど、

ある程度経済が成熟してしまうと、景気が悪くなった際

民族問題などがおこって独立だの、離脱だのと問題が起こっている。

要するに、利己主義というのか、自衛主義というのか、そうなっている。

アメリカもアメリカファーストを打ち出したり。イギリスのEU脱退なども。

その流れからすれば、日本は民族問題こそないものの、

ますます孤立化する傾向を深めるのではないのだろうか?

自衛主義とか、利己主義みたいな、自分というの枠組みの考えを狭めていく

方向は、ある程度までいかないと治らないように思います。

ある程度というのは、自分が他より恵まれてきた!と実感し、

今後もある程度は安泰だと思える安心感を抱く程度とのことでしょう。

あるいは、もう自分だけではどうにもならなくなったと、心の底から自覚

する程度ということもあるでしょう。

いずれにしろ、現状よりももっと深刻な状況まで追い込まれないと

全体的に、自己の枠組みを拡げていこうという流れは戻ってこないように

思います。もちろん、経済の回復があれば、そうならないでしょうが。

そう考えてみると、やはりお金に振り回される価値観の中で私たちは

生きているんだなぁという実感をもちます。

しかし、それこそが生きづらい社会の現況なのかもしれないと思うのです。

私もお金は大事だと思っています。

しかし、これからは、その先がとても大事だと何となく思うわけです。

日本という国は、その先の世界(お金以外の価値観)が日本らしくつくれるか?

によって、新たなステージに進めるかどうかがかかっているように思うのです。

先の世界(価値観)がつくれなければ、このまま行きつくところまで行くでしょう。

つまり、全体的に貧しくなって、未来の発展途上国となるでしょう。

もちろん、そこまでいけば、その後は発展が見込まれるので、成長があるはずです。

一方で、このままある程度の先進国を維持する為には、やはりお金から離れなければ

ならない部分がでてくると思うのです。そのお金に変わりえる価値観。

しかも、一部の人だけではなく、全体的に共有できる価値観。

理想だけではダメ。実用的でわかりやすいような”何か” それが必要です。

そこにお寺は関係するのかわかりません。”何か”がみえないから。

もちろん、その”何か”が、お寺発信として適切なようなものであれば、素晴らしい

と思うのですが。

さいきん、その先の世界が気になって悩んでいます。これまでの歴史を通じてみれば

価値観は時代事に大きな変革を遂げる時期に変わっています。

それが革命といわれるものです。

近年、世界で現在の人々の価値観を覆すような革命が起こるかどうか。

起こったとしたら、日本はそれをどう日本らしくアレンジできるのか?

そこが大きなカギとなるでしょう。

もっとも、近年の様子をみると、世界で価値観を変えるほどの革命など

おきそうもありませんが。

しかし、あとどのくらいか後の時代に、必ず革命はあると思います。


芸術とお寺


おはようございます。副住です。

今朝は雨が強かったですが、ようやく春らしい暖かな日に

なりそうな天気となってきました。

今期の冬は、厳しい寒さだったので、早く温かくなって欲しいです。

さて、ここ数日も違った意味で大変でしたが、少し回復しつつあります。

諸々考えさせられる日々を送る中で、今後の日本のあり方とか日本人の

あるべき姿など、大きなテーマを考えさせられました。

本も読みながら、時代の転換期にあるだろう現在を、どのように

お寺は乗り越えていけばいいのか、あるいは乗り越えられないのか、

そのようなことまで含め、内考しています。

本当に難しい問題ですね。

戦後の日本はGHQの影響で、ある意味で骨抜きとされてしまいました。

つまり、日本人としてのアイデンティティを奪われる教育や生活環境などを

自然と植え付けられてしまったと考えます。

その歪が、現在のような諸問題などを起こしていると考えています。

物質主義などと言われるような価値観が蔓延し、お金という影響力が高まって

バブル以降、日本は生きづらくなっています。

お金におわれ、お金を求め・・・諸々大変ですね。

もちろん、お金は非常に大事ですが、ただお金というものに振り回される人生は

何となく虚しいようにも思います。

物質主義というこの現実から、もう一歩抜けだすにはどうしたらよいのか?

果たして、そもそも物質主義から抜け出せるものなのだろうか?

もし抜け出せないとして、物質主義をより日本的にアレンジするとしたらどうなるのか?

これらにお寺って、どう関係するのか?

そもそも物質主義のままでいくなら、今のお寺って取り残されるまま。逆行の産物。遺産。

このまま時間の経過をまって、朽ち果てるのを待つだけ。

色々なことを考えさせられました。

私は最近、芸術について学んでいますが、学んでみて始めて気づいたのですが、

芸術は凄いです。これまで感性だと思っていたのですが、全然そうでない。

芸術は文化です。文化は歴史でもあり、そこには思想や当時の状況など様々なことが

関係しているのです。本当に奥深いものです。

芸術を学ぶことは、今後のお寺を考える上で、とても役にたつと思います。

そのような中で、上記のような内容を考えるに至ったわけです。