カテゴリー別アーカイブ: 日記

東京盆


おはようございます。住職です。

東京盆の只中ですね。今日もこれからお参りに行ってきます。

東京盆は、昔からのものです。

明治時代に新暦を用いることとなった折、これまでの旧暦に

営まれていた諸行事は、新暦に合わせて調整されました。

その時、東京はお盆を調整しないままきたのでしょう。

東京以外の多くの地域では、その際、調整がなされて

8月となったのです。

ですから、東京のお盆は旧(歴)盆なのです。

確かそうだったはずです。


今日を何とか乗り切りました。


こんばんは 住職です。

今日は東京盆とご法事と、何とか乗り切れました。

その後、今日東秩父村で開催されていた比企こども祭りに

参加しようと思ったのですが、全てを終わらせ車に乗って

ナビでみたら、到着時間が16時過ぎとでました。

比企こども祭りは15時半で終了だったので、16時に着いても

現場を見ることができないので、取りやめました。

外部監事という私の役目は、客観的視点で例会を見ることなので

す。だから、例会の現場を全く確認できないことは、私にとって

は行く意味がなくなってしまうのです。

もちろん、仕事が第一優先なので、仕方がないのですが、今日は

外部監事失格ですね。申し訳ありませんでした。

それにしても、お盆の只中の祝日に例会は、厳しいって。トホホ


梅雨が・・・


こんにちは 住職です。

今日は土曜日、東京盆の為、お盆参りです。

また、明日はJCも関係する比企こども祭りが東秩父村で

開催されるのですが、私は東京盆の最中であり、日曜日で

ご法事もあって、ほぼそちらへの参加が叶いません。

天気予報では雨と報じられていたので、そちらも心配です。

それにしても、梅雨らしい天気が続く・・・と思っていたので

すが、気温も低い日が続くし、曇りや雨ばかり。

西照寺のある東松山市では、それほど豪雨はありませんが、

日照時間は極端に少なそうです。

そろそろ晴れる日が待ち遠しいですね。

因みに、今日もスッキリ起きれていません。

 


睡眠


おはようございます。住職です。

40代に入るとなのでしょうか!?

私の場合、最近特に感じ入ることなのですが、

睡眠がこれまでと同じようにとれないのです。

寝ているのですが、しっかり寝れてない。

起きても、スッキリしていない。

ボーっとして一日が始まることが多々あります。

私はそろそろ43になる年なのですが、ここ数か月

そんなことを特に感じます。

私は幼少期から睡眠で困ったことがないほど、しっかり

寝れていたタイプだったのです。規則正しい睡眠でした。

ですから、学校休みの休日に多く寝るとか全くなくて、平日でも

休日でも同じ時間に寝て起きてました。しっかり寝れていたので

す。大学時代から、寝る時間が急激に遅くなりましたが、

それでも、起きればスッキリ。そんなタイプだったのです。

それが、今は寝ているのに、起きてもスッキリしない。

稀に、スッキリ寝れた!と思う日もあるのですが、多いのは

スッキリ起きれない日です。

これはとても嫌な感じですね。

私は昼寝ができないタイプで、体調不良で寝ている時や電車に

乗っている時とか以外で、昼間に寝ることができないのです。

寝れないわけです。眠いけども。

大学時代の恩師が、睡眠で困っていた先生でしたので、先生の

言葉が頭を過ります。でも、先生はあの頃、60代だったのに

私はまだ40代。

もっとも、先生は3時間ほどしか寝れないんだ!と言っておられ

たわけで、私とは睡眠の悩みが違うのでしょうけれど。

 


仏教って


おはようございます。住職です。

近頃思うことですが、自身を取り巻く環境に、動きを感じる中に

身を置くと、色々と気付かされることが多いです。

これまでは、さほど動きを感じる事が少なかったように感じられ

ていましたが、令和に入ってから、色々と動きがでているので

す。動き=流れと表現してもよいかもしれませんね。

当然、自分にとって都合のよい流れの中に入れば、それは勢い

となって前進するのでしょうし、自分にとって都合の悪い

流れになれば、凹んでしまう。疲れも感じる。

当然のことです。ただ、私は仏教を学んだことで、こんな時に

助かっています。こんな時に仏教と出遇ってよかったと思わされ

るのです。

どういうことかと言えば、例えば、自分にとって都合の悪い流れ

であっても、異なった見方をすると、違って見えるな。と考えら

れるのです。苦しいだけで終わらないというか、そこから学ばせ

てもらうこともあるんだな。と思えるのです。

もちろん、自分的には苦しいんだけど、ちょっとだけ有難いな。

と受取れる側面もあるのです。ここにとても助けられてます。

普通だったら、たぶん苦しいだけで潰されてしまうんじゃないな

かな。と想像します。

ですから、仏教って知的学びではなく、心の学びでないと意味が

ない教えだと思っています。意味がないとまでは言いませんが、

仏教の本質は、知的学びではなくて、心の学びにあるのだと思う

のです。


良くも悪くも


こんばんは 住職です。

昨日は体調不良となって、一日寝るしかありませんでした。

ようやく、今朝復調して、今日の会議をこなせました。

よかった。

しかし、今日の会議も残念ながら、上手くは進展しませんでした

なかなか、交渉も難しいものです。

しかし、ここで落ち込んでいる暇はないので、次へのチャレンジ

です。

それにしても、令和になって、急に物事が進展し始めたのですが

、ここにきて、悪い流れも続いてしまっています。

いずれにせよ、令和になって物事が進展していることには変わり

ないので、動きのある日々を過ごしています。

このような時は、本当にメンタルが大事になりますね。

私も人間ですから、色々あれば、疲れてきます。

一時的に今はメンタルも下がっておりますが、復調するまで

辛抱ですね。大丈夫大丈夫!


関東地区大会


おはようございます。住職です。

昨日は、朝6時半に比企青年会議所(JC)の選挙に行ってきまし

た。私は外部監事なので、投票権はないのですが、監視しなきゃ

いけません。そのお役目の為に行ってきました。

その後、7時40分に投票を締め切って、

選挙管理委員会という選挙の為だけに立ち上げられた会

のメンバーと監事(2名)を残し、会場をクローズ。

開票が行われました。

私も開票に立ち会って、不正などがないかをチェック。

全てを見届け、選挙を管理する委員会長から正式な報告を受け

8時30分に解散。

土曜日でしたので、私はご法事が勤まる為、自坊に帰宅。

その後、ご法事を勤めてから、再びJCの例会に合流してきました

。昨日は、熊谷で関東地区大会という、関東地区にある各JCが

集う大会が、熊谷総合スポーツ公園という場所で開催されていた

のです。比較的規模の大きな大会です。

熊谷で開催されたので、埼玉県内の各JCが助っ人として場を

盛り上げる為、ブース出展を要請されていたようで

そちらの手伝いもしてきました。

比企青年会議所は、来年40周年を迎えるので、記念式典を開催

する予定となっています。来年、私達にとっては大きな式典を

開催することもあって、昨日の関東地区大会の式典などを見て

参考・勉強する目的で、例会扱いとしておりました。

そこで、来年以降も残る多くのメンバーには、式典や講演など

大会の設営や運営などを含め、実際に体感してもらう中で

色々と感じてもらうことにしました。

結果、ブースは今年卒業する者を中心として、すでに卒業してい

る私も、そちらの助っ人として頑張ってきました。

JCでは、出店を展開する機会も多いので、お坊さんにとっても

貴重な機会となってます。なかなかやることがないからね。

社会勉強です。


人事異動


おはようございます。住職です。

築地本願寺では、7月1日付けで大きく組織が変更されました。

つまり、各部所が解体され、新たな部所ができたり、事務所が無

くなり、フリースペースになったり・・・そんな事を聞いていま

す。それに伴って、私の部所でも、人事異動がありました。

当然私の異動はないのですが、仲間の異動があったわけです。

今回の異動は全部で3名。2名が他部所に異動となって、

1名が他部所からやってきます。

つまり、実質1名減となってしまうわけです。

仕事が多いのに、人員が減ってしまうなんて。。。

人員が1名減だけでも痛いのに、それプラス、賛事と主事と

いう、職場の職階が高い2名が、他部所の役職も兼務することと

なってしまったのです。これも大きな戦力ダウン。

おそらく、実質的には2名以上の戦力ダウンになるのだと予想し

てます。

ああ恐ろしい。仕事量半端ないのに、人員削減だなんて。。。

でも仕方ありません。業務を削減できるように見直しながら、

前進させるしかないですね。

因みに、本日歓送迎会が営まれることになってます。


埼玉で会議


こんにちは 住職です。

今朝は雨が強かったですね。

昼間になって雨はやみました。

さて、今日は今から北ブロック役職者会議

というものがあり、埼玉新都心のホテルに行ってきます。

築地のお仕事です。

北ブロック(茨城県・栃木県・埼玉県・千葉県を包括)の

役職者が一同に集い、会議をします。

毎年、主催する担当が持ち回りで変わります。

今年は埼玉組が担当ということで、埼玉の地で開催される

のです。

私は東京教区という北ブロックも包括している、より広いエリア

の運動の担当者として、毎年会議にお招きいただきます。

今年は埼玉なので、とても楽です。近いし、日帰りできるので。

因みに、多くの方が泊まられます。私は帰宅します(笑)

もちろん、私が辞めれば、当然呼ばれなくなります(笑)

あとちょっとでしょう。

 


教誨のやり方 (教誨師)


おはようございます。住職です。

昨日は川越少年刑務所に教誨に行ってきました。

集合教誨といって、被収容者の中で、希望した方が集合して

宗教の教誨を受けるというものです。仏間で行います。

昨日は、凡そ45分程度。初めに10分ほど、お仏壇に読経し

その後、35分ほどお話です。昨日は戒律の話をしました。

教誨師となって、5年以上(教誨師になった時期を、正確に覚えていないのです)

が経ちますが、今ようやく自分なりのやり方が定まったような

感じです。

私の場合、集合教誨(違う種類の教誨もあるのです)であれば、

10分程度、読経。その後、30分程度話をします。

私の場合は、実生活でも参考になるような仏教の話をするように

心掛けています。ですから、被収容者と対話しながら進めてます

難しい話はしません。あまりに専門的な話や自宗の教義の深堀

などは一切しません。そこまでのレベルではなく、例えば、

仏教で戒律がなで必要だったのか、その背景を語ることで、

被収容者の生活を整える為には、自分なりの「決まり」を保つ

ことを心掛けてみる!とか、提案したりしてます。

それを被収容者と対話形式でやったりしてます。

教誨を受けに来る被収容者は、結構、刑務所内での生活や、

自分を見つめる時間を大切に考える人が多い傾向にあるので、

生きるヒントを求めにきている場合が多いように感じます。

実際、対話の中でも、教誨を受けて「色々な考え方を知ること

ができて良いです」とか「生きる勉強になってます」と語る被収

容者が多いのです。だから、私は対話をしながら、被収容者に考

えさせてます。私が話た内容について、逐一「君はどう思う?」

とか、一人一人に聞いて確認しながら進めてます。

そうすると、時間は全然足りません。被収容者も聞かれるもん

だし、自分の意見を言えるから、私的には楽しそうにしている

ように見えます。

そのかわり、ここでは綴りませんが、こちらが戸惑うような

驚きの質問というか、感想というか、意見を言ってきたり

する場合があります。つまり非常識なことというか、言わなくて

もそんなこと当たり前だろう!と普通の人が思っているような

ことが、彼らには理解できていない可能性があるのです。

ですから、教誨師は非常に勉強になります。

私もとても勉強になっています。

色々な問題が見えてくるのです。

ここまでくると、本当の宗教者にしか対応できないだろう難しさ

があります。つまり、質問の内容が純化しすぎて、あるい

は深すぎて、宗教者以外の人であると答えに困ると思います。

普通の人は、そんなことに疑問を持たないし、理由なんて不要。

もし聞かれたら、え!?だって当たり前でしょ。そこに理由なん

てないし、聞かれても困る!みたいになるでしょう。

これだと、具体的ではないから、敢えて例えを綴りますが、

「なんで人を殺してはダメなんですか?」とかの問いです。

上記は例えです。そんな事を実際質問されたことはないですが、

例えば、そんな根本的な問い、というか、普通はそこに疑問さえ

もたないような部分に、疑問をもってしまう。そんな人がいます

上記例えは、猛烈に悪い内容ですが、私が言いたいのは、被収容

者が猛烈に悪い存在ということではありません。

そうではなくて、生きている上で、普通の人が疑問に思わない

部分に疑問をもったりしています。そして、その疑問をもちなが

ら、相談しても自分を理解してもらえない。

そんな経験が、やがて孤立をさせていく。その果てに犯罪に繋が

る。そして被収容者となっていく。

そんなルートさえあるように思えてなりません。

川越少年刑務所は、若年で初犯の軽犯罪者が収容される特性があ

る刑務所です。従って、全員が初犯の者です。数か月か数年で出

ていきます。

しかし、現在の日本は一度失敗した者に厳しい社会です。

出所しても、その後、受け入れてくれる社会ではないので

さらに孤立を深め、再犯せざるを得ない環境となっていく

条件が整っているのです。

従って、再犯者は6割だそうです。

社会は犯罪を犯した者が悪いというけど、教誨師をするように

なって知ったことは、犯罪を犯すには、周りの環境もとても影響

しているということ。

もちろん、私も人間ですから、実害にあえば当事者を責める気持

ちがでるでしょう。綺麗ごとを言うつもりはありませんが、

冷静に考えてみると、社会という環境が影響していることも

充分にありえるのだと、勉強になりました。

 

さてさて、教誨のやり方に関してですが、不思議なことですが、

最初に教誨師をやれ!と仰せがあった時は、教誨のやり方などを

教えてくれるのか!?と思いきや、自分でやってみればわかる!

と言われ、ほぼ何をすればよいのか?を教えてもらえず、

上記写真の本を頼りに勉強し、自分なりの教誨をつくりました。

ですから、私の教誨がそもそも正解なのか?も判ってないので

す。もっとも、正解の型にはまった教誨なんてものはないでしょ

うけど。

その為、教誨師では研修会が結構多いのです。

他の教誨師さんも、おそらく私と同じように悩んでいるはずだし

他の教誨師の教誨に立ち会うこともないので、比較ができないの

です。唯一、研修会などで、自分の教誨はこんな風にやってます

とか、他の教誨師さんのやり方を聞ける時があるので、それを

参考に、自分と照らし合わせることで、色々と解ってくること

があるのです。そういった意味では、大切な研修会なのです。