築地へ


おはようございます。副住です。

今日も雨。二日続けての雨ですね。

それも結構降っています。

今日は築地に出勤なのですが、雨だし車でいくことにしました。

一昨日から、来月の半ばまで、連日会議が詰まっています。

正直、スケジューリングミスですね(笑)

さて、ここは踏ん張りどころ。

来月半ばまで、頑張ろう!

 

 


安倍政権への懸念 


おはようございます。副住です。

昨日は築地本願寺へ出勤してきました。

さらに、別の会議にも・・・

さて、そんなお寺に不在な中、一昨日ご法事を

勤めさせていただいた方が、ご来寺されたようです。

体調不良となられた方の容態は、大丈夫だったとのこと。

良かった~\(^o^)/ 本当によかった。

実は、ブログで綴るのもどうかと思ったので控えたのですが、

救急車を呼んだほどでした。

しかし、その後の検査などで異常は見つからなかったとの事。

最近突然暑い日が続いたことによる、熱中症のようなものでしょ

うか?

取りあえず、ホッとしました。良かった。

(わざわざのご報告、ありがとうございました。

ただ、大丈夫とのご報告は何よりのものでした)

 

さてさて、これで安心できたので、次の話題。

カケイ学園の件、ニュースを賑わせておりますね。

先の共謀罪の件(テロ等準備罪)も含め、最近、内閣

の動きに不安を感じます。

カケイ学園問題の真偽はわかりませんが、もし近いことが

あったのなら、長期政権によるゆるみなのか、長期政権で自信

をつけての独裁政治の始まりなのか、よくわかりませんが、

今の政権をとてもとても不安に思っているこの頃です。

おおっと!こんなことブログで書くと、共謀罪を疑がわれ

私に盗聴とか偵察が入ったりして・・・(笑)

まだ法律が可決されてないから大丈夫か(笑)

冗談半分ですが、上記笑い話も今後起こり得る可能性すらありま

す。そうなったら、もうブログでも冗談でこんな記述できないし

、いちいち政権の顔色を窺い、疑われないような行動をしていか

なければなりません。詰まるところ、その時の政権に反対できな

い環境が整ってしまう恐れがあるのだと思います。

こうなったら、もう止まらないでしょうね。

(もしかしたら、今は冗談半分で書いてますが、この法律ができ

たら、近い未来、このブログが原因で私に共謀罪の疑いがかけら

れ、捜査の対象者となり、盗聴とかされるかもしれませんね)

やり方によって、独裁政治ができる環境が整うわけです。

私はあまり、政治の話題をブログにアップしないのですが、

あまりにも最近、そっちの方向に環境や現状が整っていって

るような気がして、今日はアップしてしまいました。

今こそ(今後ではない、今です)、私達の声をあげていかないと

いけない状況にあると思います。カケイ学園問題は要注視です。

本当に、私的に権力が使用されているとしたら、安倍政権は

独裁政治を念頭において(無自覚的にでも)、国政を行っている

恐れが強いと思うからです。もしそうであったならば、現在の共

謀罪は通過させてはいけないと思います。無自覚的にであっても

、現在参議院におくられた共謀罪の内容は、そのような方向を含

みおいての内容となっているから。

(もちろん、テロ対策は必要です。だからこそ、もっと内容を

深め、しっかりしたものとしなくてはならないという意味です)

 

 


深い想いをさせられた一日


おはようございます。副住です。

昨日は西照寺でご法事を勤めさせていただきました。

初めてのご縁の方ですが、ご法事後、ご親族の方が

体調不良となられてしまいました。

正直、初めての縁のお寺で、ご法事の後に体調が悪くなってしま

われると、施主様からすれば何だか嫌な気持ちになられると想像

します。正直、私も申し訳ない気持ちとなってしまいました。

(もちろん、私達が悪いというわけではないのだろうとも思って

いますが)

早く回復していただければな。と念じております。

 

さて、その夜、今度は比企JCの会議に行ってきました。

またもや長い会議となりましたが、会議参加者各々が

自分たちのあるべき姿について、内省する機会となりました。

私はこのような熱い想いをもつJCは正直好きです。

魅力的にうつります。

もちろん、私がもともと熱すぎる人間だと思っている(周りから

よく言われます)ので、水があうのでしょう。

もっとも、熱すぎる自覚があるので、普段は見せないようにセー

ブしてます。熱いままだと、その熱についてこれない方にとって

は付き合いにくくなるからです。それを理解しているつもりなの

で、TPOを見て熱を見せる時を判断してます。

昨夜は久しぶりに、熱気を感じました。

昨日は、何だかとても深い部分を考えさせられた1日となりまし

た。

 

 

 


浅草御堂から築地本願寺への移転事実 


(文中の写真は投稿後に100%表示に変更いたしました)

おはようございます。副住です。

先日、西照寺のご門徒Tさんより

貴重な情報を教えてもらいました。

それは今の築地本願寺が、どうして築地の地に

移転してきたのか!?ということについての

新事実でした。

日経新聞の記事を添付してくださり、私も初めて

知ったくらいです。

どうしても、写真が100%表示されません。

なので、以下、補足です。

築地本願寺は、江戸初期、浅草(現:日本橋)にあったのです。

1617年に始めて江戸の地に建立されたのです。

その当時は浅草御堂と呼ばれていたのです。

(浅草橋という近くに建てられたので、浅草御堂と呼ばれて

ました。東京の浅草の地にあったわけではありません)

(ここ間違いやすいので、要注意なのです。上記新聞の記事も誤

記です。「浅草には東本願寺があり、門徒が少ないから」・・・

などとありますが、これが誤り)

(日本橋の地にある浅草橋近くにあったので、浅草御堂と呼ばれ

ていたのであって、浅草の土地にあったわけではありません)

しかし、1657年に起こった明暦の大火(メイレキノタイカ)

(当時の江戸の3分の2を焼失させた大火事)の影響で

浅草御堂も焼失します。←ここまでは事実。

ここからが問題。私はこれまで以下のように学んだのですが、

どうやら新事実が判明したようです。

私が学んできたことは、

「焼失した御堂を再建しようとした本願寺ですが、

幕府が区画整理をする(大火事とならないよう、通りを拡げる

為)との理由で、当地(浅草橋)での再建が許されず、

代替え地として、海上を与えられた。

海上じゃないか!大変だ!となってご門徒(特に佃島の方々)の

ご協力の末、海上を埋め立て地を築いた(築地)。そこに御堂を

再建し、築地本願寺となった!」という話です。

因みに、どうして海上の代替え地とされたのか?と言えば、

西本願寺は家康(一向一揆で苦しめられたし)から面白く思われ

ていなかった説や、幕府が領土を拡げたい為、西本願寺を利用し

て、海上を埋め立てさせ、領土の拡張を図った説などがあります

因みに、資料の写真もアップしておきましょう。

あぁ、また100%表示されず。。。(`艸´;)

でも、右から5行目中央からやや下にあります。

「御堂は幕府の区画整理の為に、現(築地)」とあるのです。

この資料は『築地別院史』(もう出ていない)という本にある

文章です。私もここから勉強したのです。

 

さて、以下が新聞にも紹介された新事実。

実は幕府は再建を許そうとしたけれど、本願寺との話し合いで

本願寺側が、海上を埋め立て移転したい!と申し出たとの事です

数年前に新資料が見つかって、明らかとなった!そうです。

全然私が学んだことと、話が違うじゃないか!!!(`艸´;)

これまで、私は江戸幕府って意地悪だな!とか、思っていたのに

全然そうじゃなかった。徳川様を筆頭に、江戸幕府様

これまで悪く思っていて、申し訳ありませんでした。

歴史ってこれだから面白い。全然事実と違って伝わっているので

すから。新事実や新資料がでてくれば、歴史は変わっていくので

す。今、私達が知っている歴史なんて、事実とどれだけあってい

るのでしょう? 歴史は事実誤認や時の勝者によって、捻じ曲げ

られてしまうものでしょうし、きっと本当は全然違っていること

だらけかもしれないのです。

いやいや、今回は端くれ研究者であり、僧侶の私よりも、ご門徒

のTさんの方が情報が早いだなんて・・・恐れ入りました。

西照寺のご門徒って。。。すごい。(笑)

 


あなたに似合う色 教えます。 自分コーディネートの仕方


おはようございます。副住です。

昨日は更新できず、申し訳ありませんでした。

今日はJCの例会のご案内です。

6月4日に、こんな例会を企画してます。

 

 

 

 

 

 

 

男子力・女子力アップ講座です。

特設HPです。

素晴らしい例会です。

自分に似合う色がどの色なのか。どのように自分を見せるべきな

のか? 仕事や恋愛、あるいは私生活の中でもかなり使える知識

とテクニック。まさに外見の自分研究ですね。

まだまだ参加者募集してますので、上記の特設HPから申し込みを

行ってください。

私は、当日ご法事があるので、講座すべてを受講できず、とても

残念なのですが、途中から参加します。

私も受けたい!

ご講師は世界的に認められた目黒さん。

この分野の先駆者なのです。

急いで申し込んでね。


JC


こんにちは 副住です。

白岡のSさん、コメントありがとうございます。

ブログを見てくださっているなんて、恐縮です。

でも、今後の益々のご活躍を念じております。

さて、昨日は築地へ出勤でした。

諸々、所用を済ませ帰宅し、夜はJCの親しくしているOB

さんと食事会です。

JCのお陰で地元に仲間ができました。

この年になると、中々仲間なんてできなそうな気もしますが、

出来るものですね。JCってそんな団体なんです。

さて、明日はそんなJCの例会の宣伝をさせてもらいます。

素晴らしい企画なんですが、それが理由なのか?ちょっと参加者

で苦戦してます。でも、本当に面白そうな企画なんです。


死後の世界?


おはようございます。副住です。

こんな記事がありました。

ちょっと気になる表現もありますが、全体的に

そりゃそうだわな。と思う部分も大きくあります。

お時間あれば、読んでみられても興味深いかも。

死後の世界?

過去に『プルーフ・オブ・ヘブン』という書物を、このブログで

紹介しました(プルーフ・オブ・ヘブンで検索)が、それとも

通じる内容(臨死体験の内容)でした。

この記事の中では、「死んだら霊魂が別次元の意識世界に行く」

とありましたが、ここの捉え方が様々あるように思います。

理由は、我々の世界とは別次元の世界のことですから、

当然私達の世界で、そのことを語ることは無理なのです。

だから、死後のことはわからない。となるわけです。

当然、霊魂だって、私達の世界と次元が異なる意識世界だって、

私達の世界では語り得ないことなのです。

だって、私達の世界とは次元が異なる段階だから。

(もしかしたら、私達の世界と次の世界への移行段階に

臨死体験などがあるのかもしれないですね。)

当然、今後も科学的に証明できない(科学はこちらの世界の次

元だから)分野です。

その別次元の世界は、私達の使う「ことば」によっても表現など

ができない。当然ですね。

唯一、この世界の次元だけれど、あっちの世界のことに少しだけ

踏み込んでいるものが、宗教なのです。私はその意味で、宗教は

哲学とも違うと思っています。

この別次元の世界を、私達の世界で無理やり表現しようとすると

ある人は、それを霊魂と表現したり、ある人は、無我と表現する

場合もでてくるのだろうと思うわけです。

ただし、大事なことは霊魂と言っても、そこには固定的実体

がないということ。つまり、私達の世界のように、色や形が

ある世界ではないのです。

だからたぶん、「意識世界」と表現されているのでしょうね。

ただし、この意識世界も私達の考える意識世界とは次元が異なる

のです。もっと、大きな素晴らしい意識世界と表現してもいいの

でしょう。より専門的に言えば、仏の智慧の世界でしょうか。

一番興味深いことは、臨死体験された方の共通概念として

その後、死が怖くなくなる・・・ということ。

死の世界は、それほど悪くないのかもしれない。と言われている

こと。

臨死体験された方は、死後の世界を「大いなる光」と表現されて

いること。

また、あの世は現世と隔絶されていないと思われるなど。

(隔絶されたら当然ダメでしょ。

だから、還相回向が味わい深いですね)

興味深い点が満載ですね。

 

 

 


日野誕生院


おはようございます。副住です。

昨日のブログの続きです。

京都の本山参拝の翌日は、親鸞聖人が誕生された

日野の地にある法界寺に行ってきました。

 

 

 

 

 

 

 

正確に言うと、法界寺の隣にある誕生の地に行ったのです。

親鸞聖人が生まれた時、当然ですが浄土真宗はまだありませんでした。

当然法界寺さんは、浄土真宗ではないわけです。

確か、真言宗(?だったと思います)のお寺さんです。

今では、その隣の地を、浄土真宗本願寺派が買収したのでしょう

ね。いつ買い取ったのかはわかりませんが、今は本願寺の

飛び地境内地となっているのです。そこに行ってきました。

飛び地境内地というのは、本願寺の所有なのですが、地続きでは

ないけれども境内地ということです。

因みに、西照寺も飛び地境内地があります。

それは西照寺別院(新東松山斎場)となります。

地続きではなく、離れているけれどもお寺の境内地として

認められているということです。

さて、日野の誕生地の話に戻ります。

 

 

 

 

 

 

 

今は枯れてしまったそうですが、この井戸の水が

親鸞聖人の産湯となったそうです。

井戸の隣には

 

 

 

 

 

 

 

親鸞聖人うぶゆ井戸と書かれてます。

さらに、私が井戸を撮っているその後ろ側には、

 

 

 

 

 

 

 

ここに親鸞聖人のへその緒が埋められているのだとか。

さらに、この場所から移動して階段を30段ほど上ると

お堂があります。本堂です。阿弥陀如来が真ん中。

阿弥陀如来を正面に見て、左側に

親鸞聖人のお父様である日野有範公の像が祀られていました。

 

 

 

 

 

 

 

日野誕生院は、京都市のはずれ、宇治市との境にあります。

私は京都に10年住んでいましたので、色々な場所に

行ってましたが、ここは、恥ずかしながら行ったことが

なかったのです。もちろん、知ってはいました。

今回の旅行で、貴重な場所にいけてよかったと思います。

本堂の雰囲気も素晴らしく、もう一度行きたい場所でした。

 

 


本山参拝


こんばんは 副住です。

一昨日から京都へ、団体参拝でした。

早速、振り返ります。

今回の席は、前の方でした。

 

 

 

 

 

 

 

前から5列目くらい。

私たちは御影堂といって、親鸞聖人像が祀られている堂

の方。つまり、入口から入って左側の大きな堂の方でした。

右側の阿弥陀堂にも、参拝席がありました。

今回の法要では、法要の途中に、ご門主と前門主が交互に入れ替

わり、法要が続けられたので、両方のお堂が同時使用されたので

す。

その夜、今度は今回の法要に併せ、本願寺で特別展が開催されて

いました。夜のライトアップ。

 

 

 

 

 

 

 

順番待ちしている時に、入口の大玄関を撮影したショット。

今回特別公開されたのは、飛雲閣と書院です。

ライトアップされたのは、すべて国宝。

唐門と書院と飛雲閣です。

この3か所がライトアップされ、開放されてました。

初めての試みだそうです。

唐門は、龍谷大学生時代に、何度も見てるので撮影するの

忘れてしまいました。

こちらが飛雲閣です。

 

 

 

 

 

 

 

京都の三閣(金閣・銀閣・飛雲閣)として有名です。

通常は非公開で、予約しないと見れません。

今回は特別な法要の為、公開されてます。

趣がありました。

私が一番感動したのは、書院です。

残念ながら、撮影禁止だったので、撮したかったけど

無理でした。

書院は、国宝の鴻の間があって有名です。

鴻の間

夜のライトアップは初めての試みだそうで、

とても雰囲気があって、凄いの一言。

大名気分が味わえました。

今後、このような特別公開があってほしいです。

是非もう一度行きたい!と思うことの少ない私が

もう一度、是非見たい!と思うほど。

夜にボンモリでライトアップされた見事な鴻の間は

溜息がでるほど素晴らしいものでした。

鴻の間というのは、豊臣秀吉が小さかった自分を大きく

見えるよう細工された部屋なのです。

部屋の襖などは、すべて下地が金で鳥なども描かれています。

時代を経て、金色も味のある感じで、ライトアップでさらに際

立っていました。

鴻の間からは、戸を開くと能舞台が見えるのです。

豊臣秀吉の力の凄さを知りました。

明日は、二日目の報告を致します。

 


埼玉・東松山/浄土真宗・西照寺のブログです