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お寺とコンビニ


こんにちは 副住です。

昨日は山梨県に行ってきました。

移動教務所です。

やっぱり、遠いですね。

山梨県は、今後10年か20年ほどたつと

人口が60万人になるのだそうです。

人口減少がとまらない。。。という訳だそうです。

そもそも人がいなくなると、お寺も不要になってくる。

今後は、お寺の合併なども考えていかないといけない時代。

難しい問題ですね。

お寺はコンビニと違って、次々に閉店とか開店とかできません。

因みに、先日TVでやってましたが、コンビニ大手のセブンイレブン

は2万店舗前後だったと思います。コンビニの中でも一番数が多い。

ファミリーマートもローソンも、1万数千店。

ですから、コンビニの数は、5万店舗前後くらいでしょう。

しかし、お寺は宗派を問わないで全国に7万あるといわれています。

コンビニよりも2万も多いのです。

つまり、セブンイレブンの数(2万)だけ多いことになります。

コンビニは身近に感じるし、どこでもあるイメージです。

都会や町中では、コンビニがちょっと歩くと、次々にあります。

対して、コンビニのように、都会にお寺が次々とあるイメージは

ありません。

しかし、数的にはコンビニよりもお寺の方が圧倒的に多いわけです。

となると、お寺は田舎に多くあることがわかりますね。

コンビニは田舎にはあまりありません。


移動教務所


おはようございます。副住です。

今日は教務所の仕事で、山梨県に行ってきます。

移動教務所という仕事で、都留組(山梨県)に出向きます。

東京教区という我が宗派の行政区分は、東京、神奈川、千葉、埼玉

群馬、栃木、茨城、山梨、静岡の1都8県で構成されています。

そして、教区をさらに細分化した「組」というものがあるのです。

例えば、埼玉県の中には、浄土真宗本願寺派のお寺が約40カ寺弱あるの

ですが、その40弱のお寺が集まって「埼玉組」を構成しています。

埼玉県は、組が1つなのですが、他の県では組が複数あります。

山梨県は「都留組」と「山梨組」の2つとなってます。

因みに、東京教区の中には、全部で「組」は24あるのです。

移動教務所は、それぞれの「組」の会議に出向いて、地域の

特徴などを教えてもらい、教務所の業務を考える上での参考

にする為に行っているのです。

昨年の7月から始まった移動教務所ですが、今日を入れれば

約1年で14を廻ったことになります。

半数以上を廻ることができました。

やはり、出向くことで色々なことを教えていただけます。

大切なことだと思います。


Wカップ 日本代表の強化って、、、?


おはようございます。副住です。

連載がストップしてしまいました。

書きたいことは沢山あるのですが、

書き順が纏まっていないからです。

今、考え中。

そんな中、ワールドカップの日本戦もあって

私は、これまでの日本代表に関する経緯から

今回のWカップは期待していませんでした。

多くの方がそうだと思います。

これまでの戦績。直前に監督交代など。

特に直前の指揮官交代から推察できることは

サッカー協会という組織内の混乱。

プレーするのは選手ですが、選手を支える

裏方が混乱していたら、良い成績なんてでない

だろうと思っていました。

ですから、私は3連敗でも不思議でないな。と

予想していました。

でもなぜか、期待していない時は、勝ってしまう。

期待している時は勝てない。

なんなんだ、これ!?と思います。

もしかしたら、選手が見返してやろう!と思い

纏まることで、結果をだしてくれたのかもしれません。

勝ってくれたことは、素晴らしく評価していますが、

同時に、本当の問題点を曖昧にしてしまいそうで、不安です。

次のセネガル戦、勝ち点がとれるかどうかですね。

私は勢いがあるので、可能性はあると思いますし、

希望として本心からそうなって欲しいです。

でも、これまでの経過を考えれば、残りの2戦は厳しいと

予測してます。

これで結果をだしたとしたら、選手が凄いです。

もう数年かけて戦術の浸透とか、そんなのあまり関係ない。

ということは、日本に限って、裏方の仕事は

選手の危機感をどれだけ高められるか、

どれだけ、ひらきなおる状況にできるか?に集約されてきそうです。

次のセネガル戦、そのような意味で、楽しみです。

今、選手は開き直っている状態でしょうから、セネガル戦で

十分に戦えるとしたら、日本が教化すべきは、選手の気持ち

を高める方法です。つまり命をかけてやるしかない!と

心の底から思わせられるような雰囲気を作っていくことになります。

数年かけた戦術の浸透とかではないように思います。

もしセネガル戦で、完敗したなら、やはり数年かけた戦術的な

教化策などが大切ということだろうと思います。

さて、次がどーなるのでしょうか。「大迫半端ないって!」言わせて欲しい。


最近地震が多いですね。気を付けましょう


おはようございます。副住です。

大きな自身が連日ありました。

昨日は大阪で震度6弱。

私は関西で10年生活していたので、

大阪や京都に友人が多いのです。

昨日の8時前の地震だったそうですが、

埼玉は揺れませんでしたし、全然気づかなかった

のです。

たまたま車に乗って8時20分頃に出かけたら、

TV音声で菅官房長官が記者会見しており、

あわてて、ストップして、何事か?とTVを

見たのです。そしたら大阪で地震って。

その後、関係各所に連絡し無事を確認。

特に学生時代に仲が良かった友人が住む八尾市。

八尾市では震度4だったそうで、大きな揺れで

驚いたけど、大丈夫!とのことでした。

大阪の北部が酷かったとのことで、それだったら

京都市(京都の南部)も危ないな。と思い、

京都の友人にも連絡。無事だったようで、安心しました。

一昨日も、西照寺で連研があった最中、緊急地震情報が

人々の携帯を通じて鳴ってました。久しぶりだったので

驚きましたが、西照寺はあまり揺れませんでした。

私以外の僧侶の方は、ちょっと揺れたね。と言ってましたが

私は揺れたことに気づかないレベルでした。

群馬の渋川市が震源で、当地は震度5弱だったようです。

因みに、東松山市の近くの小川町は揺れたそうですが。

最近、地震が頻発してます。気を付けないといけませんね。

備蓄品を近日、購入しておこうと改めて思っています。

皆さんも気を付けて。


連研


こんばんは 副住です。

連載は少し休憩します。

可能であれば、月曜日から復帰を目指します。

さて、明日は日曜日でご法事が勤まりますが、

その後、午後から西照寺では、埼玉組の連続研修会

が開催されます。西照寺が会場ということです。

しかし、不便な西照寺を会場とするとは。。。

もっと駅から近いお寺だってあるのに。

明日はバスが出る日ですが、連研の時間とバスの

時刻があわないことが、難点です。


子どもまつりについて


こんばんは 副住です。

今日は来月開催する予定の西照寺子どもまつり

について会議です。

一応、日程は7月22日ということですが、

詳細などを煮詰めている最中にあります。

今年は諸々お寺の事情によって、かなり直前になって

の準備となってしまいました。

これは仕方がないのです。今年ばかりは。

ご勘弁ください。

また、正式にご連絡させてください。


お寺で文化に触れる


おはようございます。副住です。

昨日の続きです。

その場合、関連がある山の裾野部分に広がる「文化」を

見つけないと意味がありません。

関係がない全く違う山の裾野部分に広がっている「文化」

に注目しても、意味がないのです。
 
だから例えば、西照寺であるならば、浄土真宗本願寺派

という「教え」の裾野に広がっている文化。

あるいは、西照寺の住職一族という「家」に伝わっている文化。

あるいは、埼玉県東松山市という「地域」の裾野に広がっている文化。

これらに着目することで、またはミックスすることで、

他のお寺と違う、独自の「文化」を掘り起こすことができると思うのです。

あとは、見つけた「文化」が如何に多くの人々の関心を引き付けるものに

アレンジできるのか?

そこは、工夫や手腕となるのでしょう。

今の私の今後のやるべきことなのです。

因みに、西照寺文化財鑑賞会も、その一つとしての意味もあるのです。


関連ある別の山


おはようございます。副住です。

というわけで、これからのお寺は

「文化」に注目をする必要があると思います。

釈さんのその説に、私は自分なりの付け加えができる

と思っているのです。

釈さんは「教え」という山の裾野にある「文化」が大事である

と言われました。しかし、お寺は全国各地にあります。

浄土真宗本願寺派だけでも全国に1万以上のお寺があります。

つまり、各お寺は「教え」は共通だけど、地域や成り立ち、

あるいは寺院を担う家族が違うのです。

ですから、釈さんの「教え」という山の裾野にある「文化」だけではなく、

別の山の裾野に広がる「文化」を見つけてもいいのではないかと考えています。


山の裾野


おはようございます。副住です。

昨日のブログに綴った内容であるお寺の存続を考える時、

「山の裾野部分が大事」とのことですが、その内容は、

釈徹宗さんが本に書かれていたことなのです。

釈さんは、浄土真宗の僧侶で、相愛大学の教授。

現在の浄土真宗本願寺派で社会的に知られた方かもしれません。

池上彰さんや宮崎哲弥さんから対談者として選ばれている方です。

私も、これまで何度か釈さんと対談や、シンポジウムで釈さんを

パネラーとして迎え、その際、司会を務めるなどご一緒させて

いただきました。とても鋭い方ですし、学ぶことが多い方です。

その釈さんの本を読んでいた時、先述の「山の裾野」の内容

があったのです。

釈さんは、社会とお寺を繋いでいる一番強い部分は

「山の裾野」だと言うのです。

つまり、山頂である「教え」から派生した、

山の裾野部分にある「文化」。

その「文化」こそが、多くの人々との接点を作る場所であるというのです。

裾野は山頂よりも広いです。

だから多くの人と接点がもてる場であるというのです。

一方の山頂は登るまで大変だし、一部の限定された人々にしか接点ができません。 

ですから、お寺が時代時代の社会の人々から存続要請を

得る可能性があるのならば、それは一番多くの人々とお寺が

接点をもつことができる「文化」にあると言えるわけです。

多くの人にとってお寺が一番身近に感じる部分こそが、

実は山の裾野部分である「文化」にあると釈さんはご指摘くださいました。


お寺では、裾野こそが大事なのかもしれない


おはようございます。副住です。

さて、お寺の中心と言えば、私は「教え」だと思っています。

しかし、「教え」のみで寺院が1400年以上社会から

求められてきたとは私には思えません。

おそらく、「教え」を中心としたその裾野の部分。これが大事。

山で例えると、山の山頂の中心が「教え」だとして

「教え」から派生した多くの「何らかのもの」が

山の裾野を作っているということです。

例えば、キリスト教であるならば、「教え」は聖書。

その聖書にあった物語を絵として表現してみよう!となって、

始めて宗教画が描かれた。これが絵画の誕生だったと聞いたことがあります。

つまり、「教え」から宗教絵画が派生した。

当時は宗教画(神との関係)しか描いてはいけないルール

だった時代もあったそうです。

その後、時代が下ってルネッサンスで

宗教絵以外にも書かれるようになって

西洋絵画が発展したと聞きました。

そのような例えであると、「教え」=聖書が山頂の中心。

そこから派生した宗教絵画・あるいは絵画が、山の裾野。

と言えます。

宗教絵画が教会などの壁面などに描かれたりすることで、

教会に観光に来る人がいる。あるいは、教会が大事に扱われる。
(絵画は、裾野の一例にすぎません。その他にも多くの裾野があります)

ある種、そんなイメージで、教会が時代を超えて社会的な存続を

認められてきたのだと理解ができます。つまり、経営ということ。

そう考えると、教会も「教え」だけで存続(経営)してきたわけではなく、

山の裾野部分に支えられてこそ、長い歴史の中で社会的な存続

要請がなされてきたのだと思います。

それを日本のお寺に当てはめるならば、どんなことが言えるのだろう?

と思っているのです。