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本物とは何か(その5)


こんにちは 副住です。

ここまでくると「本物とは何か」との疑問は、本物に触れること

によって、体感するものであると説明できるだろう。だからこ

そ、「本物」に触れたことがない人にとって、「本物とは何か」

との疑問は永遠に解決できない疑問となる。では、本物に触れる

とはどういうことか?

ここで、興味深いブログを見つけたので、引用してみたいと思

う。出処は野見山広明さんのブログである。ご紹介したい。

野見山氏のブログ

ここでは、大変申し訳ないが、当ブログと関連が深いので引用さ

せていただきたい。(以下、野見山氏のブログの抜粋)

「現在は、本物を見分ける目というものが失われてきています。例えば、売られているほとんどのものが大量生産大量消費するために用いられていますから古来からの商品では採算が合わず値段を安く抑えるために効率を優先されて製作されていきますから本来の工程を経ていません。この工程という順序や段階を経ないということはどこか手間暇を抜いたということです。しかしこの手間暇こそ本物かどうかの大切な見分けどころになります。

それは食べ物でも生活用品でも、または何かしらの営業においても同じです。例えば、漬物は合成香料などで味付けし漬けることもなく、お酒でもアルコールを添加して発酵させることもなく、時間がかかるものはほとんど排除されています。他にも生活用品でいえば先日の畳や障子、木材などもプラスチックで機械で大量につくられます。

見た目さえ似ていれば安い方がいいという考え方の消費者が増えれば増えるほど、本物が伝わらなくなっていくものです。なぜなら本物は高くて不便、価値がないと思われるようになるからです。すでに原材料が少ない上に、昔は職人たちの道具はすべて繋がって循環していましたからそのひとつが失われると周りも一緒に消失します。

例えば、藁は農家がお米を作った後にその藁を用いて畳や屋根、草履に草鞋、米俵にしめ縄などをつくります。他にも竹を取ればそこからあらゆる製品の職人たちに流通します。今ではプラスチックで竹も藁も代用されますからそれらの職人たちには原材料が届きません。こうやって次第に本物であったものが失われていきます。

そして仕方がないからと原材料を変えてしまったり、それまでの製作技術を壊してしまっていたらそれはもう本物とは呼べません。しかし本物にこだわり高価になりすぎてもそれは金額が膨大で購入することができません。こうやって古来からのものは失われますがそれは消費する側が改革していくしかないように私は思います。

もしも消費する側が、こちらの方がいいと大多数の人たちが購入するようになればまたかつてのような職人たちの仕事が発展していきます。そのためにはかつての本物の善さを身近に触れるような場や機会が増えなければなりません。今のようにどこにいったら本物に出会えるかわからないような市場ではなかなか触れる機会がありません。

伝統や文化というものは、長い年月をかけて培われてきたものですからそれを伝承している人も今は急激に減少していますからいよいよ出会う機会が薄れています。お金に早くしようと結果主義で工程を排除していくというのは、偽物を大量に作り出すということと同じです。

子どもたちのことを思えば、何が本来だったか、何が本物であるかを知ることはその工程や順序、段階を体験する場、または素材や原料が循環するプロセスを観る場が必要だと感じます。その中にある徳を見極める力を育成していかなければなりません。」

との内容である。非常にわかりやすいと思う。

明日は、この内容を私なりに紐解いてみたいと思う。

続きは

本物とは何か6


本物とは何か(その4)


おはようございます。副住です。

さて、大きな骨董市の場合には、多種多様の骨董品が陳列する。

陶器もあれば、武具や服、骨董家具や仏像、彫刻品や西洋アン

ティークなどなど、本当に多種多様なものが並ぶ。そんな中で、

掘り出し物を見つけ出すというのは、審美眼を持っていないとで

きないことだろう。例えば、中国茶碗の専門家であっても、中国

茶碗の骨董品であれば、多少の見極めができるかもしれないが、

他の陶器やそれ以外の骨董品の真偽の見極めは不可能だろう。幅

広く物を見極められるかどうかは、審美眼あってこそである。

では、どうして審美眼を持つことができるのだろうか?それは、

多種多様な「本物」に触れてきた経験があるからだ。書物を通し

て知識として知るのではなく、実際に目でみて、本物に触れてき

た経験を通して、体感で知っているのだ。「本物とは何か?」

を、体感で知っているのだ。幅広い分野の「本物」に触れること

で、「本物」ということを体で知っているのだ。もちろん、間違

える場合もあるだろうが、「本物」を見抜ける場合もあるのだ。

だから、骨董市で自分の専門外な物を見ても、何気に良いものか

どうかはわかるのだ。もちろん、間違えることはある。

明日は、「本物に触れる」とは、どいうい事なのか?という

ことについて、深堀していきたいと思います。

続きは

本物とは何か5


本物とは何か(その3)


おはようございます。副住です。

昨日からの続き。

このように、私たちが日常使用する「本物」と「偽物」の言葉の

定義は、商品が当該ブランドかどうか、という意味で使用される

場面が多い。

しかし困ったことに、より本質的な意味で「本物」の言葉が使用

される時がある。例えば、「あの人は本物だ」とか「あの会社は

本物だ」などという場面である。この場合、上記のような当該ブ

ランドを意味する「本物」という定義は当てはまらない。むし

ろ、その人や会社そのものを「本物」と呼んでいるからだ。この

場合、当然ながら「本物」とは何か?という疑問がでてきてしま

うのである。よくわからないから。

 

さてここで、それらの疑問解決のヒントになるかもしれない例を

挙げてみたいと思う。骨董品の話である。骨董品のお店が一同に

集う骨董市というものがある。私は骨董市が好きで、京都に住ん

でいた学生の頃、骨董市が開催されると聞けば、見にいってい

た。古いながらも、形状が良かったり、私がオシャレと感じる逸

品に出会えることがあったからだ。しかし、その道のプロは、自

分の好みで商品を見ていないと聞いたことがある。価値のある掘

り出し物を探しているというのだ。その道のプロの人は、審美眼

(シンビガン)を持っているのだ。審美眼とは、「美を見極める

能力」という意味や、あるいは「本質を見極める能力」と言って

もいいかもしれない。要は「本物」を見極められる能力のことと

換言しても良いと思う。審美眼をもっているプロの人は、骨董市

で掘り出し物を見つけることができるのである。

おそらく、もしプロの人が、骨董市で掘り出し物を見つけたと

したら、その時思う言葉こそ「これは、本物だ!」とのものだろ

う。この場合の「本物」とは、当該ブランドの意味というより

も、「その物自体」あるいは「物の出来栄え」を指している。

続きはこちら

本物とは何か4


本物とは何か(その2) 


おはようございます。副住です。

さて、私たちが日常生活で使用している「本物」と「偽物」との

言葉は、何気なく使われている言葉でもある。

例えば、ブランド物の小物をイメージして欲しい。

グッチのバックとか、ルイ・ヴィトンのお財布とか。

専用店舗に行けば、数万円や数十万円、物によっては、数百万円

もするような高額な商品が陳列されている。

一方で、インターネットで探していると、同じようなブランドの

見た目なのに、数千円などで売られている場合がある。

見かけが、お目当てのブランドのように見え、格安だったので購

入してみたが、手に取ったら専用店舗の商品と、感触が異なる。

あるいは綻びが見つかった。あるいは細かな部分のデザインが

違っていた。・・・友人に話したら、それ「偽物」だよね。と言

われた。

普通によくある話だ。この時使われる「本物」と「偽物」の言葉

の内容は、当該ブランド品であるかどうか。

「本物」は、当該ブランド品の商品。

「偽物」は、ブランドを真似した模造品のこと。

この場合の「本物」の定義は、「当該ブランド品」ということで

あるから、定義がはっきりしている。

このような場合の「本物」という言葉の意味は分かりやすい。

因みに、当然だが「本物」は商品そのものが良くて、

「偽物」は粗悪なものが多い。

私は今まで「偽物」が「本物」を上回ったという商

品を見たことがない。

さて、問題なのは、これらの意味とは別に「本物」と

いう言葉が使われる時があることだ。

例えば、「あの人は本物だ!」!などと言う時である。

続きはこちら

本物とは何か3


本物とは何か


こんにちは 副住です。

「本物」とは何か?

今回は、「本物」について連載していこうと思います。

・「本物」とは何だろう?

「本物」・・・それは、「本物」に触れることから、知り得るも

のである。

よく「本物になりたければ、本物を持つことだ」などと、言われ

ることがある。

その理由は「本物」に触れた経験がない人にとって、「本物」と

は、何か?がわからないから。「本物」を持つことで、日々それ

に触れながら、「本物」の基準を身につける必要があるというこ

とだと思う。

一方で、「本物」に触れた経験のある人でも、「本物」から伝

わってくるインパクトを受け取らなければ、「本物」ということ

を知り得ることはできないだろう。

つまり「本物」とは、「本物」を知っている人にしか、わからな

いものなのだと思う。それはおそらく理論ではない。感性によっ

て把握できる境地なのだ。もちろん、ある程度は理論を説明はで

きるはずだけど、理論だけで「本物」を知ることはできないの

だ。続きはこちら

本物とは何か2


ようやく復旧


こんにちは 副住です。

昨日、NTTの方に来ていただいた

ようで、ネット回線が復旧しました。

私は昨日は、築地本願寺で勤務しており、

帰宅も23時頃となってしまったので、今日からの

更新となります。

それにしても、携帯も動画を見たことが原因で

ネット接続に制限をかけられており、かなり遅い状態のまま。

おそらく、来月までそんな状況でしょう。

夏以降、ブログを取り巻く諸問題によって、更新に支障がでてま

すね。本来、ここでブログも断念してもおかしくないと思うので

すが、これまで数年続けてきただけに、習慣となってしまってい

ますね。数日更新が途絶えると、気になってしまうのです。

 


ネット回線のトラブル


こんばんは   副住です。

数日前から、西照寺のネット回線が故障し、

ネットが繋がりません。

NTTさんのご担当の方に連絡したのですが、

月曜日となる!と言われ、そのままブログ

更新も止まってます。今は、私の携帯からの

更新です。

ただ、私の携帯も、先日動画を見たことで、

容量をかなり使ってしまったようで、

制限がかかってしまい、動きがめちゃ遅く

なってしまってます。もう一週間以上

遅いままなのです。携帯では、ニュースも

読めない程、制限によって動きが遅いのです。

今も長時間かけて、ようやくネットに接続

し、ブログ更新してます。

それなので、西照寺のネット回線が復旧して

から、また更新していきます。

どうも夏以降、ブログに関して諸問題が

起き、更新が途絶えてしまいます。

今年はダメだ。

 

 


老い


こんにちは 副住です。

昨日は築地に出勤してまして、夜までだったので

更新できずじまいです。

さて、ようやく私もあと少し頑張れば、時間的に

余裕ができるというか、休みが持てる日が多くなりそうです。

今年はまだ終わっていませんが、本当によく頑張った。

精神的にも、肉体的にも、本当によく頑張った!と思います。

何だか、最近自分の老いをちょっぴり実感しますね。

容姿だったり、肉体的な体力だったり。

無理ができなくなったし、睡眠に関してもそう実感します。

この一年で、だいぶ老いたように思います。

来年は、ここまで頑張らなくていいや。

そうそう、先日、JCのOBのUさんから、またもやブログ

つまんねーと愚痴られました。

「はじめての仏教」の連載がとまってると指摘されてしまいまし

た。・・・うるさい先輩だなぁと内心思いながら、反省してます

続きを考えてみないと・・・


読書で過去の自分を新発見。


おはようございます。副住です。

近頃、本を読むことにしています。

種類は、興味があるもの。

私は、幼少期から読書嫌いで、本がとても嫌いなのです。

読むのも疲れるし、そもそも気持ちが持続しない。

そんな理由で、嫌いでした。

しかし、大学時代に勉強するぞ!と決めてから、苦手だった

ものに、立ち向かいました。結果として、やればできる!と

学びました。しかし、今でも勉強は嫌いだし、読書も好きでは

ありません。だけど、読書をすると、知識が増えるし、良いこと

であると気づきました。だから、嫌いだけれども、自分の成長の

為には読書をしないといけません。だから、嫌いなんだけど、

頑張って読書します。

今の自分が知らないことで、今後それを知らないといけない事が

あると気づいた時、てっとりばやく本を探して購入します。

現代はとても便利。インターネットで検索できるから。

私はアマゾンでよく本を購入します。

もちろん、インターネットで検索することもします。

でも、ネットだけではなく、情報の裏付けも大事な

ことなので、本を買って読んでみるのです。

本は著者紹介もされているし、根拠が書かれている場合も

あります。ネットの情報は貴重ですが、その信頼性を高める

為に、本があると私は理解しています。

それなので、本格的に情報を得たい時は、本を購入します。

現在、知らなければいけないと思う内容が、「本物」という

ことです。しかし、いくつか関連しそうな本を購入したのですが

、私が知りたい内容と、若干ズレていました。少し残念。

ただ、良い事が書かれてあるので、目的が違った学びですが、

知識が深まります。

例えば、今読んでる本が、少し前の本『ものの見方、考え方』と

いう本です。外山滋比古さんの著作です。

私は、「本物」に対する、「ものの見方、考え方」なのかな!?

と思い、取り敢えず購入してみたのですが。

外山さんの別の著作に、『本物のおとな論』があったので、関連

しているのかと思い、両方買ってしまいました。

因みに、『本物のおとな論』も、私が知りたかった「本物」

という内容と若干のズレがありそうです。(笑)

さて、『ものの見方、考え方』の「はじめに」部分で興味深い

ことが書かれてありました。

日本の教育で重要とされてきたのが、受動的学習というもので、

とりあえず、先生から習うことを、そのまま受け入れる!と

いうことが当然のように行われているというのです。

暗記に象徴されるように。

このような学びだと、生徒に「疑問」が起きないらしいです。

考えないから。

著者は、外国での学びを通じて、物事に対して、自分なりの見方

をすることができるようになることが大事だと主張されます。

自分なりの見方ができるようになれば、発信型思考が動き出す!

というのです。

日本では、「発信型思考を育ててくれる機関がない」と言われ

発信型思考がないと、本当の工夫や、特徴などが生まれづらいと

言いたいのだと理解しました。

日本人は模倣が上手いと言われますが、これは受動的理解

からくるもので、今の日本においては、発信型思考が大事なのだ

と言われたいのだと理解しています。

さらに、驚くことに、私が勉強嫌いとなった理由が、そこに明示

されていたので、ちょっと引用してみます。

「模倣のうまい人が発信型思考力をつけるのは、絶望的に困難で

ある。すこし血のめぐりの悪い、ものがうまくわからないよう

な頭脳が有望である。ことごとに、わからないことにぶつかる。

他人の言うこと、考えといつも違っている、というのが望まし

い。質問思考である。受動的ではなく能動的な考え方をする

ことで、すこしずつ発信型思考に近づくことができる」

とありました。小学生の時の私のことを言われているようで、

思わず、自分はそもそも発信型思考のタイプだったんだ!と

頷かされました。少しだけ、衝撃でした。

私は小学生の頃から、理解力に乏しく、テストに書かれている

問題文が、何を言いたいのか理解できなかったのです。

でも、テストだから先生に、この質問、どういう意味ですか?と

聞くこともできない。さらに、周りの人は、皆共通認識できてい

る。つまり、自分だけオカシイのだ!と思ってました。

もっというと、自分は頭が悪いんだ!皆が理解できることが

理解できない。皆が当然と思うことが、自分には当然と受け止め

られない。そんなことだらけで、自分は落ちこぼれ。頭が悪い。

などと劣等感だらけでした。今でも劣等生だと思っています。

そんなことから、勉強をすることが嫌いになって、放置して

いたのです。だって、質問でさえ、この質問は何が聞きたいのだ

ろう?って思うことがあったりするのです。問題を解く前から

質問に対し、「どういうこと?」てなってしまっていたのです。

そこで、勝手に自己解釈して回答を綴ると、間違っているのです

。そもそも質問の意図を誤っているのですから、答えも違う。

小学生の中学年頃、そんなことが続いてきて、テストの点も

悪くなり、勉強が嫌いになりました。

勉強しなくなったのです。当然、それ以降は勉強なんて

できません。それを克服できたのが、大学生の頃でした。

自分で考えまくることが許された時期が大学の頃でした。

答え何てないし、先生にドンドン質問できました。

先生も、私の問いをとても大事にしてくれました。

そこから、自分で考える、発信型思考が確立されたのだと

思います。どうも私は、自分で考えることが性質のようです。

丸暗記とか、意味がわからないし、つまらない。

そこが重要ではなかったのです。

つまり、今気づいたことは、私の頭が悪かったのではなく、

日本の教育環境と、私のタイプが合っていなかったのだと知りま

した。どうも、私はお寺生まれなのに、日本人らしくないの

かもしれません。日本の環境に馴染めなかったのです。

不思議と、私が求めていた内容とはズレていた本を読んで、

自分の過去に対して新しい気づきを貰いました。

本を読むことは嫌いだけど、こんな面白い発見もあるし、

そもそも良い本は、読みやすい。

良い本は、良く出来ているのです。私が本が嫌いなのは、

良い本と出合ってこなかったから。良い本はすぐに読めてしまい

ます。楽しいから。


西照寺法話会


おはようございます。副住です。

今日は第二土曜日。西照寺法話会の日です。

13時半から読経

14時からご法話です。

少し前から歎異抄に入りました。

歎異抄を読み進めております。

歎異抄って、聞いたことがあるけど

実は内容は良く知らない!という方も多い

かもしれませんね。

何気なく読んでも、内容が理解できずらいと思います。

でも、とても奥深い内容なのです。

是非、ご興味あれば、いらしてください。

無料で気楽です。