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わかりやすい仏教(12.謙虚)


こんにちは 副住です。

自分が物事の通りに明るく無いということを

きちんと知ることができると、

誤りだらけの自分であることを実感します。

そうすると、威張れなくなります。

もちろん、時と場合によっては、威張りたくなる時だってあるし、

実際に威張る時もあるのですよ。

でも例えば、威張った直後だったり、

一人になって冷静になった時とかに、

猛烈に威張ってしまった自分を反省するようになるのです。

自分は威張れる程立派な存在ではないことを知っているから。

仏教を学ぶ(体感する)ということは、

自分の愚かさに気づかせてもらうこと。

自分の至らなさに気づかせてもらうこと。

だから謙虚になれるのです。威張れない。

でも、お坊さんはなぜか、偉そうに見えてしまう時があるものです。

私は昨年の子ども祭りでそうめんを流したのですが、

その光景をJCのOBの仲間(Kちゃん)が写真に撮ってくれてました。

後日、写真を見せてもらったら、何だか偉そうに映ってる。

「これ偉そうじゃない!?」とKちゃんに聞くと、

「やっぱりわかった。うちの嫁さんと、偉そうだよなーって話してたんよ。

普段はそう見えないけど、やっぱりお寺だと偉そうに見えるのかな?

何がそうさせるんだろうねー」って言われたことを思い出します。

自分で自分の写真をみて、偉そうと見えるのですからね。

もちろん、偉いと思ってません(笑)


わかりやすい仏教(11.無明④)


こんにちは 副住です。

久しぶりに、連載の続きとなります。

前回(7月20日頃)のブログでアップした質問を通して、

考えてみてください。

私たちは普段、「死ぬかもしれない」という思いにはなりません。

それは煩悩が「死」を遠ざけようとしているから。

死にたくないのです。

しかしながら、頭で考えるとわかるように、

若いからといって死なないとは限りません。

縁があったら、誰でも死ぬのです。

それが頭で理解できているから、

「明日、生きているかわからない」と答えられるのです。

それなのに、私たちは頭で理解できることを、

心から理解できているかと言われると、そうではない。

心では、「明日は死なない」と思っている。

私たちは煩悩を抱えているので、誰でも同じなのです。

だからきっと、病気などで死期を告げられたら、

動揺するし納得できないのです。

でも、「いずれは死ぬ」と頭では理解できているのに。

死別という苦しみがあります。愛別離苦と言います。

愛する者と別れなければいけない苦しみのことです。

でも、仏教では諸行無常といって、常なるものは何もないと言います。

誰でも死ぬのです。それは誰しも頭で理解できています。

でも、いざそれが自分の身に降りかかってくると、理解できないのです。

猛烈な悲しみと同様と信じたくない気持ちになるのです。

その原因こそ、私たちが持つ、煩悩のまま正直な心にあるのです。

無明とは、物事の道理に「明るく無い」と書きます。

諸行無常が物事の道理ですから、そこに明るく無いのは、

私たちの煩悩の心ということです。

なるほど、そうだなぁと思わされます。

だからこそ、煩悩に惑わされる人生であることを、私たちは知るべきなのです。


へいわフォーラム2018 


こんにちは 副住です。

個人的な理由で、ブログを少し

お休みしておりました。

というのも、7月末は築地関係の

仕事で忙しかったのです。

もう少しで落ち着くはずなのですが。

さて、私たちが築地で進めている行事があります。

それがこちら↓
へいわフォーラム2018 

平和について、皆(ご門徒や一般の方も含め)で考える場として

行っている行事なのです。

今年は小木戸利光さんをお招きして、お話しをいただきます。

小木戸さんの取り組みは、今、注目されていて

近日、TBSの土曜日の夕刻に放映している報道特集で放映される

予定です。本来は、今月4日に予定されていた放映ですが、

先日の台風情報の関係で、延期となったようです。

放映日が決定したら、再度ご連絡いただく予定です。

この特集の中で、私たちが計画している上記行事も

ちょっとだけ、取り上げられると思うのですが・・・

この行事の企画と告知に向けて、7月末に追い込みが

あったというわけです。


少しお休みです。


こんばんは 副住です。

大変申し訳ありませんでした。

ブログが更新できずに・・・

築地本願寺(教務所)絡みで、連日忙しなく

また、酷暑で体調不良もあって、余裕が

ありませんでした。

と謝りながらも、実は来月1日まで

猛烈に忙しなく、余裕がありません。

大変申し訳ないのですが、しばらくブログ休止です。

でも、心配はいりません。単なる忙しさによる休止です。

もちろん、不在にしたりすることも含めてです。

来月1日以降、再び「わかりやすい仏教」の連載を

復活しようと思っています。

こんないい加減で申し訳ありません。

どうぞ、ご賢察ください。


2018 西照寺子ども祭り お礼


おはようございます。副住です。

昨日は「2018西照寺子ども祭り」が開催されました。

酷暑の中、昨年の半分くらいのご来場者がありました。

おそらく、150人(大人含め)ほどだと思います。

すみません。写真がありません。

忙しなく、写真撮ってなかったです。

酷暑の中、ご来場者の方を含め、特にスタッフとして

お手伝いいただいた皆様。

中でも、屋外でご対応くださったスタッフの皆様。

本当に、本当にありがとうございました。

あまりの暑さに、命の危険もあったと思います。

本当に我慢の時間だったと思います。

西照寺の想いにご賛同いただき、お手伝いいただける

皆様のお陰様をもちまして、昨日は無事に終了する

ことができました。本当に、心よりお礼申し上げます。

ありがとうございました。

さて、今年の「西照寺子ども祭り」は、酷暑との闘いでした。

あまりにも暑い日が続く今年。

全国で熱中症によって亡くなられる方や搬送される方が

相次ぐ中、ついに京都の祇園祭りの鉾引きが中止と

なりました。

そんな背景もあって、今年ばかりは、熱中症対策に万全の注意をはらい

お祭りを開催することとなりました。

もちろん熱中症の保険にも加入しました。

あまりの暑さに、各自の自粛も含め、今年は人数が少なかった

のだと思います。今年ばかりは、これも幸いしました。

そんなわけで、お祭りで楽しんでもらうよりも、今年は

熱中症を出さないよう、細心の注意をはらいました。

それでも、実際に、気分が悪くなった方もおられました。

気分が悪くなって、我慢せずに、すぐに教えてくれた

ことが幸いしました。

軽度だったし、すぐに準備していた経口補水液や

アイスノンで身体を冷やし、梅干しで塩分補給。

看護部屋として涼しい部屋を準備していたので、

そちらにご移動いただいたことで、回復できました。

ホッと一安心です。

そんな一幕もあって、すぐに強制的に屋外のスタッフの

方々や、屋外で遊んでいたお子様たちを屋内へと

入らせ、涼しい場所で過ごしてもらいました。

こんな時は、遊びなのに命がかかる危険さえあります。

時には、スケジュール通りに行かなくても、

半ば強制的に中止や休止にするという、瞬時の判断が大切

となります。主催者側の思い切った覚悟が必要なのです。

おろおろしていてはいけません。

中止や休止による批判なんて甘んじて受ければいいのです。

そんなことよりも、事が起きてしまった時の後悔の方が

はかりしれない程重いのです。

今年は異常な暑さです。

皆様、ぜひ細心の注意と的確な判断で乗り切ってください。

昨日の「西照寺子ども祭り」が、皆様のお陰様をもちまして

無事に終えることができたことが何よりのことでした。

ありがとうございました。


2018 西照寺子ども祭り 熱中症にお気をつけください。 


おはようございます。副住です。

今日は「2018 西照寺子ども祭り」の準備です。

今年は連日、もの凄い暑さなので、熱中症に

気を付けねばなりません。

可能な限り屋内で遊んでもらうよう

呼びかけようと思います。

それと水分摂取をアナウンスします。

屋外のイベントは、なるべく時間を区切りながら

やっていきたいと考えてます。

ただし、常設のスーパーボールすくいとか、

キックターゲットとか、水鉄砲射的とかは

休憩をはさみながら、やっていくよう

大人の方にも呼びかけます。

ご来場の親御さまにも、是非ともお子様の熱中症

に気を配っていただきたく存じます。

折角、子どもに楽しんでもらおうと

思っても、この暑さばかりは、どうにもならず。

また、熱中症対策として、涼しい部屋を用意し

氷やアイスノン、保冷剤なども用意しておこうと

思います。

熱中症になる前に、十分気を付けましょう。

子どもは楽しいと、水分補給など忘れてしまいます。

私たち大人が気を配り、大人全員で注意したいと

思います。是非ともご協力をお願い致します。


わかりやすい仏教(10.無明③)


おはようございます。副住です。

一昨日の続きです。

よくよく考えてみると、おそらく、

「予定をたてますか?」と質問されたら、

頭で考えずに、何となく普段からの行動なので、

心からの返答をしてしまう。

それが、「予定をたてる」という返答になっているのでしょう。

なぜ生きていることが前提かというと、

煩悩のまま正直な心には、「死にたくない」という心があるので、

「死」を遠ざけるように、なるべく考えないような方向を

とらせるのです。

一方で「明日、生きていますか?」と聞かれると、

頭が反応して、「わからない」と答えてしまうのでは

ないかと思うのです。

ただし、頭で考えるだけで、

本当に「死ぬかもしれない」などという危機意識は、

当然そこにはありません。

つまり、先の質問は、煩悩のまま正直にだす答え。

次の質問は、頭で考えてだす答え。だから矛盾した答え

がでてきてしまう。そんなところだと思います。


キックターゲット 西照寺子ども祭り


こんにちは 副住です。

昨日は、時間が無くて更新できませんでした。

さて、今日は連載ではなく、宣伝です。

昨日、東京のお盆参りを終え、JCのOB仲間が

西照寺子ども祭りの新企画 キックターゲットの

作成に来てくださいました。

ワールドカップがあったので、キックターゲットやってみよう!

との声から、JCで私が所属していた元委員会の委員長Kちゃんを

中心にやりました。

因みにKちゃんは何でもできる男。何かあったら作ります。お知らせください。

KちゃんとUさんは良いコンビで、そこに私も

いれてもらっているのです。

昨日の猛烈な酷暑の中、一応3人(私はあまり役立たず)で作りました。

凄いでしょ。本格的。結構、私作りました。

これからターゲットを作り込んでいきますが、

フランスが優勝したので、フランス色にしてやろう!となりました。

凄いのできるで。

初パーフェクト者には、すごい商品を用意しようと計画してます。


わかりやすい仏教(9.無明②)


こんばんは 副住です。

東京がお盆期間の為、遅くなってしまいました。
(西照寺は東京にもご門徒さんが多くおられます)

さて、続きです。

昨日、二つの質問をしました。どうだったでしょうか? 

最初の質問ですが、多くの人は「予定をたてることがある」と

回答したんじゃないでしょうか?

そもそも人生で「予定をたてたことがない」などという人は

いないでしょう。どんな予定でも構いません。

何かしら予定をたてたことがあるんじゃないかと思います。

対して二番目の質問です。

多くの方が「生きている」あるいは「わからない」を選択した

のではないでしょうか?

因みに「生きている」と答えた人は、仮に今日、大震災が来た

としても「生きている」といえるでしょうか? 

明日になってみないと「生きている」かどうかは「わかならい」

と思いませんか。

そういう意味で、「わからない」を選択された人が多いように

思います。

では、ここで皆さんを困らせてみましょう。

なぜ、私たちは明日生きているか「わからない」と言うのに、

先の予定はたてるのでしょう?

「生きていた時の為に、予定をたてる!」と言い訳するような

人もいるでしょう。

であれば、予定をたてる時に、死ぬことも想定した予定を

たてていますか?

例えば、友人と旅行する予定をたてるとして、

「ごめん、旅行までに死んでしまったら行けないけど・・・

その場合はどうする?」なんて話、聞いたことありません。

私たちが予定をたてる時は、毎回生きていることが前提で

予定をたてているのです。

それなのに、「明日、生きているのか、わからない」と答える。

明日、生きているのかわからないのに、

平然と数か月先や数年先の予定はたててしまう。

言っていることとやっていることが伴っていませんね。

どういうことでしょうか。

因みに、私も皆さんと同じように答えてしまいます。


わかりやすい仏教(8.無明 ①)


こんにちは 副住です。

さて、仏教という鏡を見ないで、煩悩のまま正直にいると、

自分が誤っている見方をしているということにも気づけないのです。

当然ですね。

煩悩のまま正直に生きている自分しか知らないわけだから、

それが誤りなどとは到底思えないわけです。

しかし、仏教では煩悩のまま正直にいることは、

実は真実が見えないようなあり方なのだよ!

と指摘してくれるのです。

つまり、間違った見方をしてしまう人生なのだよ!

というのです。間違った見方を無明と言います。

さて、皆さんが本当に無明であるのか、

チェックしてみましょうか。

以下に質問をしますので、素直に答えてください。

皆さんは、日々の生活の中で、何かしら予定などをたてますか?

(例えば、旅行の計画をたてたり、
 先の食事について考えたり、何でもいいです)

□ 予定をたてることがある
□ 予定はたてたことがない。いつもその場で決める

では次の質問です。

皆さんは、明日、生きていますか?

□ 生きている。
□ わからない。
□ 生きていない。

続きは明日のブログで。